(この記事は2015年10月号(vol121)「ロハス・メディカル」 およびロバスト・ヘルス http://robust-health.jp/ に掲載されたものです。)
米国の病院は、政府や自治体運営の病院を除くと、非営利病院と営利病院に分けることができます。2つの最たる違いは、出資者(投資家や株主)への利益還元ができるかどうかと、所得税や資産税などの税金を払うかどうかです。営利病院は出資者へ利益還元でき、税を払います。非営利病院は税金を払わない代わり、地域に役立つ事業を行う、慈善事業をするなどの要件を満たす必要があります。
営利病院と非営利病院では、どちらが良い医療を提供できるのでしょうか。米国には、非営利病院と営利病院を比べた数々の研究があります。
例えば、医療の質の指標として死亡率や患者満足度などを比べた研究の大半では、非営利病院と営利病院では大きな差がない、もしくは営利病院の方が悪い、という結果が出ています。また、効率的な医療の指標として、患者一人当たりの医療コストを見てみると、営利病院の方が高くつく傾向にあります。さらに、最近公開された病院ごとの医療行為の価格データで、同じ医療行為に対して非常に高い価格を設定している病院のほとんどが営利病院でした。
これらの研究やデータには限界があり、営利病院の方がサービスが悪くて値段も高いとはけしからん!と断ずるほど確定的なものではありません。しかし少なくとも、営利企業の方が効率的で質の高い医療サービスを提供しているとは言えない、と結論づけられるでしょう。
なぜ、無駄を省いたり集客に力を入れたりしやすいはずの営利病院が、非営利病院と比べて質の良い効率的な医療を提供できないのでしょうか。これには諸説ありますが、私の考えるところでは以下の3つが大きいと思います。
1.できるだけ多くの(保険支払いの良い)医療行為を提供する方が、一般的に経営効率(利潤)が最大化される。
2.患者側が、医療の質の良し悪しを判断するのは極めて難しい。
3.特に緊急性が高い場合、患者はどの病院に行くか自由に選ぶことができない(近い病院に行くしかない)。
どれも、営利病院が患者にとって効率的な質の良い医療を提供する上での阻害要因です。1は保険の支払い方法を工夫することで回避できるかもしれませんが、2、3はある程度医療の普遍的な性質ですので、完全に解消することは困難でしょう。つまり、今後も営利病院が医療の効率や質の面で非営利病院を凌駕するようになるとは思えません。
ちなみに、アメリカでもすべての州で営利病院が許可されているわけではなく、メイヨークリニックのあるミネソタ州や、以前私が研修していたニューヨーク州には営利病院はありません。そして、これらの州の医療の質が悪いというデータはありません。こういった事実は、日本で営利病院の導入を議論する際に有用となるでしょう。
この秋、米国での臨床医生活を終え、日本に帰ってきました。本連載は、今回をもって一旦終了とさせていただきます。長い間、ご愛読ありがとうございました。