(この記事は2013年4月14日CBニュース http://www.cabrain.net/news/ に掲載されたものです。)
「米国の医学生は志が高く、優秀な人が多い。それは、本当に医師になりたい人しかメディカルスクールに入らないからだ。日本にもメディカルスクールを導入した方がいい」―。こんな話を聞くことがありますが、本当なのでしょうか。個人的な経験を踏まえ、考えてみたいと思います。
■メディカルスクールのメリットは?
米国で医師になるためには、4年制大学を卒業後、さらにメディカルスクールに4年通う必要があります(School of Osteopathic Medicineを卒業しても医業を行えますが、ここでは簡略化のため、メディカルスクールに限定して話を進めます)。日本では高校卒業後に6年間医学部に通えば医師免許が取得できますので、単純に考えると米国の方が2年間長い学生生活を送ります。留年や飛び級などしない場合、医学部卒業時点で日本は24歳、米国は26歳です。
日本の制度の場合、「本当に医師をやりたいか分からないが、成績が良かったから医学部に入った」という人が多くなるという欠点があると言われますが、それとは対照的に、米国のメディカルスクール制は、一般的に以下のような利点が挙げられています。
1)明確な意志を持った人が医師になる
2)人間性が成熟した段階でメディカルスクールに入学する
3)4年間集中して医学教育を実施できる
こうしたの指摘は恐らく大きく的を外れていないと思いますが、では実際にこれらはどの程度医師の育成にとって重要なのでしょうか。そして、「米国の医学生の優秀さ」に、メディカルスクールはどれだけ寄与しているのでしょうか?
■米国医学生にのしかかる「高い学費」「長い学生期間」
米国の医学生に話を聞くと、多くの場合日本の制度をうらやましがります。彼らは8年間の長い学生生活と、それにかかる高い学費に不満を持っています。もし米国で6年制の大学医学部制度が導入されたら、学業的にも人間的にも優秀な人材は恐らくそちらに流れるでしょう。
高い学費と長い学生期間は、医学生の進路選択にも大きな影響を与えています。医師になるには大きな時間的、金銭的投資を必要とするため、できるだけ早く、多くの額を回収する強い動機が働きます。その結果、形成外科、眼科、皮膚科、放射線科など、労働時間対給与が高いところが人気を集めます。
もともと、メディカルスクールに入った「意志の高い人」は、「財政面を含めてきちんと将来設計できるほど成熟している」ため、費用対効果が最も高い進路を選択します。決して、そのような進路選択が悪いと言っているわけではありません。むしろ、「未成熟で理想像の医師を描いている」日本の医学生には足りない視点かもしれません。
さらには、「明確な意志」を持ち、「人間性が成熟した段階」でメディカルスクールに入学しても、臨床実習で現場を経験して、医師に嫌気が指す人、自分が医師に向いていないと気づく人も少なからずいます。ただし、せっかく医学部に入って卒業しないのはもったいないので、医師が不向きだと思っても、ひとまず卒業することが多いようです。その場合、M.D.を取得したうえで、ビジネスや政策など他の分野に進んでいきます。
Association of American Medical Collegeのデータによれば、米国のメディカルスクールを4年間で卒業する人は入学者の約80%です。ただし、入学から10年間では、95%が卒業しています(https://www.aamc.org/download/102346/data/aibvol7no2.pdf)。日本の全体的なデータがないので比較は難しいですが、メディカルスクールに入学したからといって、全ての人が4年間で卒業できるほど学業優秀で、高い動機を保ち続けるわけではないことが分かります。したがって、メディカルスクールが医師に適した人を効率よく選抜し、養成するシステムだとは必ずしも言えません。
■医師の教育過程に何を求めるか
メディカルスクールは大学ではなく、医学専門教育機関なので、4年間全てを医学教育に費やすことができます。ただし、これらの特徴をもとにメディカルスクール制の方が優れていると結論付けることはできません。結局のところ、メディカルスクールは医師になるまでの教育期間を2年間長くする制度です。したがって、卒業時点で比較した場合、日本より米国の医学生が優秀なのはある意味当然です。社会にとって望ましい制度は、卒業時点での医師に求められる最低限の技能程度、医師に対する社会的な要請とリスク許容度、医師を養成するための社会的コストなど、様々な要素によって異なるでしょう。
米国では「医師になる時点である程度一人前に診療できる」ことが強く求められているため、「医師養成機関を長くする」ことが正当化されるのだと思います。一方日本では、医学部卒業時点で一定の医学知識を身につけている必要はあるものの、ある一定の医療技能を保障するシステムではありません。
個人的には、メディカルスクール制が医師を育てる仕組みとして、日本にとってより望ましいとは言えないと思います。日本には学士編入制度があり、米国と同様な経路を取って医師になることも可能です。もちろん日本の医学教育が今のままで良いというわけではありません。ただその改善にとって、メディカルスクール制度の有無が本質的な問題だとは思えません。
非常に面白いトピック・視点をありがとうございます!
おそらく日本の2年間の初期研修の内容と米国のMS3/4の教育内容はかなりオーバーラップするところがあると思いますが、米国の方がお金がかかっている分、より手厚く、整備された教育を受けることができる利点はあると思います。しかしそれにより医学生にのしかかるコストも同時に無視できないですよね。米国でもメディカルスクールを3年に短縮した方が良いのではないかという議論もあるなか(http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1306457#t=article)、本当に日本に導入する必要があるのかは僕も疑問に思います。
GDP比で米国の半分しか医療費に割いていない日本では労働力の確保は大きな問題で、卒業を2年遅らせるのは国民に十分な量の医療を提供できなくなるリスクを孕んでいます。と同時に質という観点からは、より未熟な医師により大きな裁量権を与えるわけですから、医療の指導医の負担や患者さんに及ぶ害がないとは言えないですよね。
現在の日本の経済状況と国民の要求する医療の水準から考えると、現行制度のまま卒然病院実習・卒後初期研修の充実を測るのが最善だと思います。