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ブログについて

大阪出身の妻と2児の子育て奮闘中。子育ては最高の小児科学の教科書です。モットーは“think globally, act locally, and love your family”。小児科・神経科・医学教育を世界で学び、グローバルな視野を持つ後進を育成することと、息子たちとアイスホッケーを生涯続けることが夢です。

桑原 功光

北海道出身。2001年旭川医科大学卒業。1年間の放射線科勤務の後に岸和田徳洲会病院で初期研修。都立清瀬小児病院、長野県立こども病院新生児科、在沖縄米国海軍病院、都立小児総合医療センターER/PICUと各地で研鑽。2012年-2015年 ハワイ大学小児科レジデント修了。2015年-2019年 テネシー州メンフィスで小児神経フェロー、臨床神経生理学(小児てんかん)フェロー修了。2019年9月よりミシガン州デトロイトのChildren's Hospital of Michiganで小児神経科&てんかん医として勤務開始しました! 日米両国の小児科専門医&米国小児神経科専門医。

桑原 功光のブログ
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2019/10/01

『家は一年、木は十年、人は百年』

久しぶりの更新となります。約2か月半もの長い間、再渡米に必要なビザ申請のために日本に一時帰国していました。日本にいる間は両家の両親、親戚に加えて、諸方面の医療関係者にわたり、本当にお世話になりました。息子たちも日本にいる間に日本語のアップデートができたようです。無事に8月中旬にミシガン州に再渡米して、9月1日からデトロイトにあるChildren’s Hospital of Michiganで小児神経科医かつ小児てんかん医として勤務を開始しました。桑原家の人生の新しい幕開けです。

日本に帰省した時間を利用して、宮本輝の「流転の海」シリーズを全9巻読破しました。宮本輝自身の父親をモデルにした松坂熊吾とその家族が戦後の混乱の中で懸命に生きる様を、1982年から2018年にかけて37年もの長い間かけて描かれて完結した長編大作です。7年前に渡米した前には確か第6巻まで読んでいたのですが、ずっとその後が気にかかっていました。私は山本周五郎と並んで宮本輝の作品が大好きで、とくに代表作のひとつである「錦繍」は何度も再読しました。

流転の海シリーズの中で、主人公である松坂熊吾がとあるセリフをつぶやくのが印象的でした。『家は一年、木は十年、人は百年』。主人公は宮本輝自身がモデルである息子に、この言葉の意味をこう説明します。「家を建てるのに一年かかることはわかる。木がいちおう木らしい風格が出るのに十年かかることもわかる。しかし、人生五十年ちゅう言葉がある。百歳まで生きる人間は稀じゃっちゅうのに、なぜ『人は百年』と言うのか……。立派な人間が育つのに百年もかかっちょったら、みんな死んでしまう。それなのに『人は百年』という諺を昔の中国人は残した。……ひとりの人間には必ず父と母がおる。その父と母にも、それぞれ父と母がおるんじゃ」。

私はこの世に生を受けた意味が、私たちの考えをはるかに超えた多くの方々との縁が積み重なった上に成り立っていることをこの歳になって感じるようになり、主人公のこのセリフを心打たれる思いで読みました。そして、こうして私までつながっている縁に感謝しています。北海道の片田舎で生まれ育ち、過去の家系に医師も海外留学した人もいない私が、アメリカで指導医として勤務できたのは、縁が導いてくれたからです。こうしたありがたい縁を、少しずつ別の方につないでいければ、その方もさらに別の人につないで、将来のこどもたちのために、何か大きなことができるのではないでしょうか。

私には夢があります。

北米の小児科・小児神経科に臨床留学したい日本の医学生や医師が、実際の臨床を見学できるプログラムを立ち上げたい:神経科領域で日本人医師が「研究」留学する北米の主な代表施設は、浅野英司先生がいるここミシガン小児病院と、大坪宏先生がいるトロント小児病院がまず挙がります。しかし、「臨床」留学希望者を受け入れるプログラムはなかなかなく、見学すら難しいのが実情です。このような現状を打開すべく、ハワイで若手医師ホープの野木真将先生がハワイ大学で内科見学プログラムを立ち上げました。このようなプログラムをここミシガン小児病院でもできないか、いずれ検討したいです。

留学に興味のある医学生、若手医師を対象に、北日本では初となる臨床留学セミナーを北海道の砂川市立病院で行う2012年に岸和田徳洲会病院で同様なセミナーを開催したところ、北海道から九州からの参加応募が多数あり、たった一晩で定員の30名をすぐに上回り(参加者はみんな旅行費・宿泊費が自費にも関わらず)、1日で締め切らざるをえませんでした。

https://www.emalliance.org/industry/establishment/kishitokuer

つまり、日本の医学生や若手医師も留学したい方が多いにも関わらず、実際に留学した医師に直接尋ねることができる機会がまだ乏しいのです。この時のセミナーは新聞や各種の医学系雑誌でも取り上げられて、話題になりました。私の故郷である砂川市は、旭川と札幌のちょうど中間にあります。北海道大学・札幌医科大学・旭川医科大学のいずれの学生も訪れやすい場所です。北海道外からの参加者も、新千歳空港から列車一本で行くことが可能です。私が医学部を卒業した約20年前は、留学については情報が乏しく、留学を叶えるまで実に多くの困難がありました。しかし、多くの人に支えられたおかげで、今はアメリカで小児神経科医として勤務しています。この経験をみんなと共有して、同じ夢を追いかける若手医師や医学生を応援したいです。

日本人神経科医(成人・小児)を対象とした、難治性てんかんに対する神経刺激療法(迷走神経刺激療法(VNS)、埋め込み型脳局所刺激療法(RNS)、脳深部刺激療法(DBS))を集約的に学ぶ短期間コースを、ミシガン小児病院と日本で開催する:これらは外科手術であるため、自分たちで手術をしない日本の神経内科医にはハードルが高いようです。以前に勤務していたテネシー州のルボーナー小児病院で、ある指導医に「国際学会で日本からの神経刺激療法の発表は、脳神経外科医によるものがまずほとんどで、小児神経科医の発表はまずない。日本の小児神経科医は神経刺激療法のトレーニングを受けないのか?」と指摘されたことがありました。日本の小児神経科医もこうした最新技術を学んで、脳神経外科医と共同することで、難治性てんかんへの有効な治療選択肢を広げることが期待できます。

・息子たちとともに、生涯スポーツとして、アイスホッケーを続けたい!:「医師の不養生」という言葉があるように、日本の医師は激務で、まず運動できる時間がとれません(まして、アイスホッケーなんてほぼ不可能)。私たちの住むデトロイト郊外では、家から30分以内の場所に5-6施設のアイスリンクがあり、それらのリンクにそれぞれ2-4面のアイスリンクがあります。もう少し仕事が落ち着いたら、私も地元のチームに入ろうと思います。

日本では、小児科の診療報酬の低さ、軽症者であふれる救急外来、仮眠すらとれない当直の多さや激務が問題となり、小児科を志す医学生がどんどん減少しています。若者が関心を示さないものに未来はありません。目的意識を明確にして、情熱を失わずに、日本の小児科医、神経科医と連絡を取りつつ、アメリカと日本の間の医療制度の差も考慮した上で、建設的に日本の小児科・小児神経科の将来に還元していく方法を、ここアメリカから当分の間、探していきたいと考えています。

“Success is not the key to happiness. Happiness is the key to success. If you love what you are doing, you will be successful”

「成功が幸せを作り出す鍵ではなく、幸せこそが成功を作り出す鍵なのです。あなたが自分の行っていることを本当に心から好きなら、きっと成功できるでしょう」(アルバート・シュバイツァー)

私は自分が選んだ小児神経科医という仕事に誇りを持っていて、何よりもこの仕事が心から好きです。

ミシガン州デトロイトから、こどもたちの未来に祈りを込めて。

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