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大阪出身の妻と2児の子育て奮闘中。子育ては最高の小児科学の教科書です。モットーは“think globally, act locally, and love your family”。小児科・神経学・医学教育を世界で学び、グローバルな視野を持つ後進を育成することが夢です。

桑原 功光

北海道出身。2001年旭川医科大学卒業。1年間の放射線科勤務の後に岸和田徳洲会病院で初期研修。都立清瀬小児病院、長野県立こども病院新生児科、在沖縄米国海軍病院、都立小児総合医療センターER/PICUと各地で研鑽。2012年-2015年にハワイ大学小児科レジデント修了。2015年-2018年にテネシー州メンフィスで小児神経フェロー修了。2018年7月より臨床神経生理学(小児てんかん)フェロー。日米両国の小児科専門医。

桑原 功光のブログ
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2018/06/07

意思の具現化:世界最大の小児がん施設 セントジュード小児研究病院

メンフィスに暑い夏がやってきました。アメリカの病院の各年度は6月に終わり、7月から新しいレジデントやフェローがやってきます。私の3年間にわたる小児神経トレーニングもあと1ヶ月を切りました。

テネシー州メンフィスにはバーベキュー、エルビス・プレスリー、ミュージック、ビールストリートなど、誇るべきものがいろいろありますが、世界的に有名な施設として「セントジュード小児研究病院(St.Jude Children’s Research Hospital)」があります。

https://www.stjude.org

「U.S. News and World Report」誌による小児がん施設のランキングで全米1位。NSHSS(National Society of High School Scholars)の調査による若手世代の就職先の人気企業リストでも、1位 グーグル 、2位 ウォルト・ディズニー・カンパニーに次いで、3位にセントジュード小児研究病院が選ばれています(ちなみに4位 Apple、5位 FBI)。

今日に至るまで、セントジュード小児研究病院はアメリカのみならず、世界中から「人種や信条を理由に拒むことなく」患者を受け入れています。治療費、食費は無料であり、さらに遠方から来た患者には渡航費や滞在施設まで与えられます。施設内は驚くほど広大で、病院以外にもいくつもの研究棟や講堂が立ち並び、まるでディズニーランドです。病院内はホテルのようで、こどもの心を癒すための工夫が隅々までなされています。病棟はもちろん全室個室で、さらに患児の病室には両親が泊まる個室までついています。

https://www.youtube.com/watch?v=PQu4jAkKrmI&index=3&list=PL-G9HcIc5cEoKb_6i7ZgqbOs4XhTtDRTs

私が勤務するテネシー大学 小児神経科の主な研修施設はルボーナー小児病院(Le Bonheur Children’s Hospital)ですが、脳・脊髄腫瘍、小児がんに伴う神経疾患、神経病理を学ぶローテーションではセントジュード小児研究病院にも通い、研修しています。私は話には聞いていましたが、実際にセントジュード小児研究病院に行って、崇高な理念が実現されているのを見て、本当に驚きました。果たして、この夢のような病院はどうやって生まれてきたのでしょうか?

セントジュード小児研究病院はレバノン系アメリカ人のコメディアンであるダニー・トーマス(Danny Thomas)によって創設されました。彼は若い頃、全く売れずに非常に苦労しており、ある教会で聖ユダ・タダイ(St. Jude Thaddeus)の像の前に跪いて祈り、「もし成功を収めることができたら、聖ユダ・タダイに捧げる聖堂を建てる」と誓いました。この聖ユダ・タダイはイエスを裏切ったことで知られるユダとは別人物です。混同を避けるためにローマカトリックでは、聖ユダ・タダイへの祈りは避けられ、「忘れられた聖人」と呼ばれることもあります。トーマスはこの祈りの際に聖ユダの啓示を受けたそうです。その後に運が舞い込み、全米的に有名なコメディアンとしてテレビにも進出して、成功を果たしました。

トーマスは聖ユダへの誓いに応えるべく、社会に貢献するにはどうしたら良いか考えました。当時、小児白血病の生存率はたった4%で、ほぼ全ての白血病のこどもたちが死んでいる事実に心を痛めたトーマスは、世界中から優秀な人材が集まる世界的研究拠点を作り上げ、小児難病患者に無料で医療を提供するという、夢物語として笑われかねないアイデアを考えつきました。トーマスはアメリカ中を回り、ビジネスリーダー、芸能人、善意ある人々に彼の夢について熱く語って援助を申し出ました。さらに彼は自分のルーツであるアラブ系アメリカ人にも呼びかけ、1957年にセントジュード小児研究病院の資金調達、運用機関となるAmerican Lebanese Syrian Associated Charities (ALSAC)を設立しました。セントジュード小児研究病院で治療を無料で受けられるのは、今もこのALSACが多額の寄付を世界中から集めているからです。

そしてついに、1962年にメンフィスにセントジュード小児研究病院がスタートしました。最初の職員は125人。後に世界最大の小児がん施設となるこの病院は、まだこの当時 “Little hospital in Memphis” でしかありませんでした。

それから60年近くが経過した現在、セントジュード小児研究病院は世界最大の小児がん研究施設となり、小児がんの治療法の開発に多大な貢献をして、世界中にその名を轟かせています。例を挙げると、急性リンパ性白血病の生存率は1962年に4%だったのが現在は94%まで上昇、小児の脳腫瘍の一つである髄芽腫の生存率は1962年に10%だったのが現在は85%まで上昇した背景にも、セントジュード小児研究病院での研究が生かされています。125人でスタートしたセントジュード小児研究病院の職員数は今や3200人を超えて、年間の運営費は3億7000万ドル(約400億)、つまり1日に1億円費やされる巨大施設となりました。

1991年2月6日、ダニー・トーマスは心不全により79歳で亡くなりました。亡くなる2日前にセントジュード小児研究病院のコマーシャルを撮り終えたばかりでした。彼のご遺体は2000年に亡くなった妻ローズ・マリーととともにセントジュード小児研究病院の霊廟に埋葬されています。 ”No child should die in the dawn of life”(人生を歩み始めたばかりの全てのこどもを、この世から旅立たせてはいけない)という彼のメッセージは、世界から集まる研究者、医師に受け継がれて、今も多くのこどもたちを救っています。 

私がセントジュード小児研究病院で診療する機会に恵まれ、何より感銘したのは「一人の強い意思の力が具現化して、世界中のこどもたちの運命を変えた」という事実でした(某漫画ではこうした意思の力の具現化を「スタンド」と呼びます)。私も小児神経科医として、父親として、こどもたちの未来に貢献するには自分は今後どうあるべきか、新たに考える良い機会となりました。

日本の若き医学生や小児科医の方も、ぜひメンフィスを訪れてみてください。メンフィスの熱気に当てられて、あなたも将来、スタンド使いになれるかもしれません。

以上、暑くなってきたアメリカ南部から、ルボーナー特派員がお伝えしました。

2件のコメント

  1. 野木真将 より:

    ええ話ですね〜。こういう実行力のあるentrepreneurの話は勇気が湧きますね。

    ボストン小児病院を見学した時にも思いましたが、医師だけの力で事を成し遂げようというのは軽率で、本当に意義ある事を成し遂げるにはたくさんの縁とコラボレーションが大事ですよね。

    最後に某漫画で締めるあたりがさすがです。メンフィスに行くことがあったら絶対に立ち寄りたい気持ちになりました。

    • 桑原 功光 より:

      野木先生

      いい話ですよね。あの時代にこんなことを考え、さらに実際に行動に移すって、とてもできないですよね。
      セントジュードにいると、日本人(アジア人)であることが、全くマイノリティーとして感じません。
      スタッフも患者も国際色が非常に多彩だからです。

      セントジュードはまさに「本体が亡くなっても発動し続けるスタンド」です。
      きっとトーマスの魂がここに残っているのでしょう。彼の魂の叫びを感じます。
      「『覚悟』とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことだッ!」

      野木先生もぜひメンフィスの我が家に、ご家族と遠慮なく遊びに来てください。

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