Skip to main content
野木真将

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。 旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

12月11日にアメリカ食品医薬品局(FDA)がファイザー/BioNTech社のCOVIDワクチンの緊急承認(EUA)を認めたという報道が出てから、全米各地の病院現場は急ピッチで受け入れ準備の最終調整をしていることと思います。早ければ24-48時間以内には全米各地で接種開始になるこの日は、間違いなく米国の医学史に残る重要な日になるでしょう。

人類史上最速でのワクチン開発と大量製造と言う難題を、研究者と製薬企業が現状での最高の技術と組織力で進めてきました。米政府はファイザー社に5000万人分のワクチンを発注していますし、来週にはモデルナ社のワクチンも緊急承認検討の手続きに入ります。

緊急承認後は、そのバトンを受け取って一般市民に届けるという次の挑戦が医療現場に任されています。物流業者、行政、病院執行部、現場の医療従事者の連帯感が強まっていく、この高揚感はなかなか貴重な経験です。

 

今回の記事ではハワイ州と当院が水面下でどのように準備を進めていたのかを紹介したいと思います。ハワイ州からは既に市民のためのウェブポータルと70ページにもおよぶワクチン接種事業の実施マニュアルが配布され始めています。

日本でも今後自国のCOVIDワクチン研究開発が進み、外国からのワクチン輸入の承認手続きと実施が進むことと思いますが、お伝えしたいことは準備には膨大な時間、計画性、実行部隊が必要となることです。本記事が日本全国の医療機関の参考になれば幸いです。

*世界中でどのようなCOVIDワクチンが開発中であるかは、過去のブログ記事を参考にしていただけると幸いです。また、注目のファイザー/ビオンテック社とモデルナ社の臨床試験の結果や安全性の検証などの詳細は割愛しますが、ちょうどFDAの緊急承認を検討する日に合わせてNEJM誌にファイザー社のBNT162b2 mRNAワクチン臨床試験の中間報告が詳細に報告されていますので、一読をお勧めします。

● COVIDワクチン接種事業において検討しないといけない7つの課題

以下の7つのポイントを中心に入念に検討され、マニュアルが作成されてきました。

  1. 最初に出荷されるワクチンを誰から接種するのか?
  2. 世界中で高まる需要に対する供給のバランス
  3. 超低温保管と流通システムの構築
  4. ワクチン接種を実施する医療従事者の確保
  5. ワクチン接種を実施する場所の確保
  6. 2回目の接種対象者を追跡して実施するシステム
  7. ワクチン接種を拒否する人への対応

以下ではロジスティックに関わるポイント1、3、4、5を中心に解説したいと思います。

● COVIDワクチンの輸送と保管に関する課題

まずはファイザー社のワクチンですが、最大の課題としては、摂氏マイナス70度という「超低温」保管が必要なことでしょう。

▼図:ファイザー社のCOVIDワクチンの梱包図(WSJ HPより引用)

Reference: WSJ website – https://www.wsj.com/articles/pfizer-sets-up-its-biggest-ever-vaccination-distribution-campaign-11603272614

輸送段階では梱包に工夫(左図)がされ、ピザの箱のような薄いトレイに195バイアルずつ入っています。各バイアルに5回分のワクチン薬液が含まれるので、一トレイで975回分です。このトレイが5つ(4,875回分)重なった上に、大量のドライアイス(約20kg!!) が乗って保冷用のケースに梱包されているのです。

出荷状態のワクチンを受け取った施設は、すぐに開封して5分以内に凍結状態などの確認を完了しなければいけません。受け取った後は常に超低温の冷凍庫で保管し、保冷ケースを開けて良いのは1日に2回まで1回3分以内という徹底した温度管理が要求されます。

超低温の冷凍庫に保管し続ければ、6ヶ月間は保管し続けられるとのことです。しかし、それでは地域のクリニックや薬局では扱えません。どこかでは冷蔵保管に切り替えないといけません。一般の冷蔵庫は2-8℃という温度管理なので、それだと薬液の保管限度は5日間になります。

企業からの指示では、ドライアイスを5日間ごとに詰め直せば、30日間までは保管できるとのことなので、そのようにして地域の指定のワクチン接種場所に輸送して保管するのが現実的でしょう。なので、「大量のドライアイスの確保」が重要になってきます。

使用直前には解凍作業があります。冷凍庫から出した薬液は室温で30分から2時間かけて解凍してから、専用の希釈液で5回分に分けます。一旦解凍されたワクチンは希釈しなければ冷蔵庫で保管できますが、希釈後は6時間以内に注射をしなければいけません。

このような厳重な温度管理と大量消費が必要なので、現実問題として大きな病院でしか対応できないと言われています。当院でも大型の超低温冷凍庫と大量のドライアイスの確保が済んでいます。

一方では、モデルナ社(未承認)のワクチンはマイナス20℃という管理条件から、一般にある冷凍庫でも対応可能なため、ハワイでは老健施設や地域の薬局での接種はこちらのワクチンを念頭において計画準備しているようです。

 

● COVIDワクチンを誰から接種していくのか?

CDCのガイダンスの通り、最初はカテゴリ1aという優先度で医療従事者長期介護施設入所患者から接種することが決まっています。「医療従事者の定義は?」というのが大事なところですが、だいぶざっくり定義づけているので、病院やクリニック関係者だけでなく、介護施設やケアホームの職員なども全部含みます。全米ではカテゴリ1aに含まれる対象者は、約2,400万人です。

ハワイ州では最初の12月出荷でファイザー社のワクチンを約88,000回分確保できているようです。一人当たり2回接種が必要なことを考えると、約44,000人分に当たります。ハワイ州では約36,000名の医療従事者が登録されていますので、12月末までに全員が初回接種できる概算になります。そして3週間後に再度集めて2回目を打つ必要があります。ハワイ州では黄色いカードを用意しており、いつ1回目と2回目を接種したのかを各自が記録して持ち歩けるようにしています。

続いて、カテゴリ1bに当たるのが、警察や消防などのファーストレスポンダー、学校職員、空港検疫、行政、刑務所、交通、食品生産に関わる人達を含みます。

その次に、カテゴリ1cに当たるのが65歳以上の住民です。COVID-19による入院や死亡リスクが最も高い(若者よりも16-52倍)層です。ハワイ州全体では、65-79歳の人口が17,700名、そして80歳以上の人口が68,000名です(合計で246,000人)。そのうち、大多数(166,400名)がオアフ島に住んでいます。

こうしてカテゴリ1aから1cまでを優先的に接種した後は、残りの市民に一斉に接種の機会があります。限られたワクチン量をどのように優先づけて接種するかは倫理的な問題も絡むため、何ヶ月も前から慎重な議論が続けられ決定されています。 

初回の出荷量は、既に在庫保存されて出荷待ちの状態なので予想されるのですが、続く出荷量は工場の生産ラインやサプライチェーンに不具合が出れば変更の可能性があるので、流動的に対応していかないといけません。

臨床試験の結果が出る前から大量生産に踏み切っていた製薬企業と政府の判断は大きな賭けでしたが、結果として各自治体は受け入れ準備が計算できて、承認が降りた時点ですぐに配布が開始されるのはすごいことです。

 

● COVIDワクチンをどこで、誰が打つのか?

12月の出荷で医療従事者に接種することが決まっていますので、本当ならばそれぞれの病院やクリニックで打つと良いのですが、先述したように大きな単位での出荷と厳密な超低温保管が必要なので、ハワイ州では指定の病院に医療従事者が来て打つことになっています。

もう1つの問題は、ワクチン接種をするのにスタッフの人手が必要なことです。POD (point of distribution)と呼ばれる指定のワクチン接種場所(病院、クリニック、介護施設、地域の薬局、イベント会場、駐車場など)では、誘導係、問診係、注射係、記録係、人事係、急病対応係、通訳、などでおよそ1カ所あたり医療関係者28名+非医療者36名の合計64名で運用することが概算されています。

これだけの人数を連日確保できれば、2時間の開催時間約325名にワクチンを接種できる計算になります。1回のイベントで65バイアルを消費するため、月から金まで連日開催して初めて、解凍してからの5日間の使用制限期間内に2トレイ(約390バイアル)を消費できるギリギリのところです。

そして、ハワイ州のカテゴリ1a-1cまでの人口全部の70%に当たる114万人に全てワクチンを2回接種するためには、毎週月曜から金曜まで5日間ワクチンを接種するとして、連日19,000人12週間連続でワクチンを接種する必要があるのです(!)。

このような計算結果を聞くまでは、今回のワクチン接種事業の大変さがきちんと理解していませんでした。史上最大のワクチン事業になることは間違いありません。

医療従事者だけでなく、相当数のボランティアの人数を集めて人海戦術でやっていかなければなりません。ハワイ州でも、医師、薬剤師、看護師、看護助手だけでなくワクチンを打てる医療従事者の範囲を拡大できるように法整備とスタッフ教育が進んでいます。

そして今回のワクチン事業には、施設としての正確性迅速性が求められます。貴重なワクチン薬液を管理不備で無駄にしてはいけませんし、下手をしたらワクチンを打つために人が集まったことで、予防効果が出る(2−4週間)前にクラスターが大量発生する危険性もあるのです。そして常温保存できる1回打ちのワクチンであれば、本当によかったのにな〜と思います。

 

● 2020年12月時点のハワイでのCOVID感染状況はどうなっているのか?

8月の第2波が来てから、検査体制や病棟受け入れ体制はますます充実し、当院でも感染症対策専用病棟の改築工事が完了して11月から稼働していました。全室個室で陰圧隔離、UV-C滅菌ライト完備、床と壁が消毒しやすい素材に代わり、遠隔医療対応可能なビデオカメラとモニターが全室配備、空調の流れが調整された素晴らしい環境に生まれ変わった病棟は圧巻でした。

ハワイ州は10月下旬から観光客の受け入れを本格化したのですが、指定機関で到着72時間前までにPCR検査をして入国手続きで陰性結果を見せれば、ハワイに到着後の14日間のホテル隔離が免除される政策を開始しました。「PCR検査なんて感染の陰性証明にはならない」と医療従事者の間では周知の事実なので、無症状者による新規の感染持ち込みを心配していました。しかし、幸いにも12月に入っても1日の新規感染者は100名前後で高止まりして、今のところ病棟を逼迫する状況にはありません。

ハワイ州で感染爆発が抑えられているのは、出発と到着後の検査や行動制限の煩わしさや便数の減少もあって旅行者自体が少なく、市民のマスク着用の高い遵守率(90%)も関係していると思います。今のところオアフ島で発生しているのは現地の人達の冠婚葬祭などの集まりによるクラスターが多い印象で、12月初旬の人口10万人あたり46.3件の新規感染と1.5名の死者数は全米50州で最も低い結果です。地元公立の小中学校は今も週に3日は自宅でのオンライン学習と、クラスを半分に分けての週に2回の登校となっていますが、少しでも登校できて喜んでいる姿を見るのは親として嬉しいですね。

対照的に、全米各地で大統領選挙とサンクスギビング後にCOVID感染が急拡大して、前代未聞の感染者数と死者数の報道が連日続いて恐怖を感じていました。12月11日には29万人の新規患者数3000人近い死者数が報道され、想像を超える異常事態です。悲惨なことに医療現場、特にICUの逼迫はまだまだピークアウトしていません。

COVIDワクチンが接種開始になっても、これは「即効性のある治療薬ではない」ので、引き続き感染拡大を抑制する医療政策市民の責任ある行動は必須です。忘れてはいけないのが、「まだまだCOVID-19が市中感染で広がって、密集を避けないといけない状態」なのに、「ワクチンのために人が集まる」というジレンマですね。

 

● 尽きない疑問

ワクチン接種事業が開始されるのは間違いないのですが、まだまだ回答のない疑問がたくさんあります。

  • 「B型肝炎のようにワクチン接種完了後に抗体価確認をするのか?」
  • 「妊婦、授乳婦、小児はいつから接種できるのか?」
  • 「免疫不全者は接種できるのか?」
  • 「2回目の接種ができなかった場合はどうしたら良いのか?」
  • 「ワクチンを打った人は、コロナウィルスの伝播も防ぐのか?」
  • 「ワクチン接種の長期の弊害はあるのか?」
  • 「他のワクチンとの相互作用はあるのか?」
  • 「ワクチン接種を市民に義務化できるのか?」

既にCOVID-19にかかった人はいつワクチンを打つのか?という疑問もあります。これだけ感染爆発していれば、相当数の回復者がいますよね。理論上は感染から90日以内は中和抗体がある(だろう)という予測なので、その期間が終わるまでに接種すると良いのでしょう。

法的にもFDAの緊急承認の段階だけではワクチンの義務化(定期接種)は不可能ですし、まだまだ新しいワクチンなので拒否する人が出て来てもおかしくありません。SNSなどで拡散するワクチンに関するデマも以前から深刻な問題です。今後も正確な情報収集と吟味が必要ですね。

 

●まとめ

  • 米国初の緊急承認が降りたファイザー社のCOVIDワクチンは超低温(-70℃)保管が必要な上に、解凍してから5日間という使用期間制限があるため、ロジスティックが難解である。
  • 緊急承認待ちのモデルナ社のワクチンは低温(-20℃)保管が必要であるが、扱いやすいので市中の薬局やクリニック、介護施設での取り扱いが計画されている。
  • カテゴリ1a-1cまで段階的に接種する計画があるが、相当数の人員を動員して、連日19,000人近くにワクチンを打っても、最速でも3ヶ月間はかかる前代未聞のワクチン事業が展開されようとしている。
  • パンデミックが収束していない中でワクチン接種事業をすることは、さらなる感染拡大を引き起こすリスクがあるため、現状の感染対策の手はまだまだ緩められない。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー