Skip to main content
野木真将

ブログについて

ハワイは温暖な気候と全米一のCultural mixが見られ、医師としての幅広さを養うにはいい環境と感じています。 旅行だけでは見えない、ハワイ在住の魅力もお伝えできればいいなと思います。

野木真将

兵庫県出身、米国オハイオ州で幼少期を過ごす。京都府立医大卒、宇治徳洲会病院救急総合診療科の後期研修を修了。内科系救急を軸とする総合診療医として活躍したい。よきclinical educatorとなるため、医師としての幅を広くするため渡米。2014年よりハワイで内科チーフレジデントをしながらmedical education fellowshipを修了。2015年よりハワイ州クイーンズメディカルセンターでホスピタリストとして勤務中。

 本日(8月18日)の記者会見で、米大統領は「9月20日から全国民にファイザーもしくはモデルナ社のコロナワクチンの追加接種(いわゆるブースター接種)を開始すると発表しました

対象者は少なくとも8ヶ月前に接種を完了した人とあり、自ずと優先接種を受けてきた医療従事者福祉施設入所者の高齢者が対象になります。

1週間前に免疫不全者に対するブースター接種が許可されて現場が急ピッチで調整していた中での発表だけに、私も驚きました。

私自身もファイザーの臨床試験に参加して、昨年9月にワクチンを2回接種していたのですが、すでにファイザー社から連絡があり、ブースター接種の臨床試験への参加を聞かれたので、そちらにも参加して7月下旬にブースター接種をしてきましたが、比較対照試験なので、プラセボであった可能性もあります。

米ファイザー社はFDAに7月8日の時点で、ブースター接種の許可を申請する方針を発表していましたが、今回の大統領発表はその正式な許可が出ることを予見してのものでしょう。

ここで、「なぜブースター接種がいるのか?」「本当に3回目打っても大丈夫なの?」「他のJNJワクチンなどを先に打った人はどうしたらいいの?」といった様々な疑問が出てくると思いますので、今回はその辺りの背景、データ、私見をまとめたいと思います。

 ブースター接種は開発時から想定内?

ファイザー社もモデルナ社もこの新しい機序のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの開発と製造をしていた頃から想定内であったといいます。ただ、いつ頃が良いのかは誰もわかりませんでした。

臨床試験に参加した私は、接種完了から6ヶ月経った時点でした採血検査でかなり高い抗体価が見られて安心しました。次は12ヶ月後の2021年9月の採血を待っていた状態でした。

このように世界中の科学者が抗体価の低下を注意深く観察していた頃、世界に先駆けてコロナワクチンの国民への大規模接種を進めていたイスラエルから気になる報告が出始めます。

 イスラエルで見られ始めた「ブレイクスルー感染」

7月頃から、ファイザーワクチンの接種を完了した人の間で新型コロナウィルスに感染する例(いわゆる「ブレイクスルー感染」)が出るようになりました。

4月上旬に初めてイスラエル国内でデルタ株が確認されてから蔓延していく時期(第4波)と一致するので、「もしかしたらデルタ株にはファイザーワクチンで獲得した中和抗体が効かないのでは?」と心配されました。

そして実際にワクチン接種をした人で感染をした人(主に医療従事者)の抗体価を測定してみると6ヶ月以降から低下してきていました。

というわけで、ワクチンそのものが無効なのではなく、一部抗体価が低下した人たち(特に早いうちに接種完了した高齢者)の間でデルタ株に感染が広がっている可能性が浮上してくるのです。

イスラエルの発表では、ファイザー社ワクチンを接種完了した人のデルタ株への感染予防効果は64%まで低下(アルファ株に対しては94%)としています。具体的な数値としては、6月6日から7月上旬にかけての新規感染者1,528名のうち、1,271名がファイザーワクチン完了者だったのです。心配なのは、その期間中のCOVID-19入院例37名のうち、23名もワクチン完了者であったことです。

この数値だけを見て、「ヤバイ!ファイザーワクチン効かない?」とパニックになる必要はありません。

ブレイクスルー感染者の多くは高齢者や免疫不全者であり、2021年1月に接種完了していたという特徴があったのです。

全体の人口を見ると、ワクチン未接種の人たちがデルタ株に感染し、重症化して入院してくる例が圧倒的に多かった(5-6倍)のです。

そして、その傾向はアメリカでも同様に見られます。

 アメリカやイギリスでの報告でも、デルタ株に対する感染予防効果の低下が見られた

7月21日にNEJM誌に掲載された論文では、イギリスでのデルタ株に関するファイザー社ワクチンの感染予防効果(VE: vaccine effectiveness)は88%と報告されています。これは、アルファ株に対する93.7%よりは低下していますが、まだ高い数値という印象でした。

8月10日にmedRxivに掲載されたプレプリント論文では、アメリカのメイヨークリニックでのブレイクスルー感染の調査結果が発表されました。調査時期は2021年の1月から7月の間で、劇的にアルファ株からデルタ株に置き換わった時期とも一致します。

そこでは、ファイザー社とモデルナ社のワクチンを接種した人の間で感染予防効果に明らかな差が報告されました。

1月から7月までをトータルで見ると、どちらのワクチンも高い感染予防効果(ファイザー社76% vs モデルナ社86%)と重症化予防効果(ファイザー社85% vs モデルナ社91.6%)を示しています。

ただし、デルタ株にほぼ置き換わったであろう7月だけのデータを見ると、感染予防効果がファイザー社は42%まで低下し、モデルナ社も76%まで低下していました。

調査報告からは、ファイザー社のワクチンを受けた群にコロナウィルスへの暴露リスクが高い医療従事者やファーストレスポンダー(救急隊員、警察官、消防官など)が含まれるのか、などの詳細が私にはわかりませんでした。なぜ同じ機序のはずのモデルナ社ワクチンの方がデルタ株に対しても感染予防効果を維持できているのかという結論も出ていません。

一回の投与量に含まれるmRNA量がモデルナ社(100μg)の方がファイザー社(30μg)より多いからではないか?という仮説も書かれています。

8月11日に、このメイヨークリニックからのデータと似たような結果がカタールから報告されました。136万人を対象とした調査では、感染予防効果がファイザー社53.5%に対してモデルナ社84.8%という報告でした。

ただし、カタールではファイザー社のワクチンの方が3ヶ月先に導入されており、モデルナ社ワクチンを接種した人は比較的最近であった点が指摘されています。

本日(8月18日)アメリカのCDC(疾病予防管理センター)の学術誌 MMWRでは、3つの異なるシチュエーションでの調査報告が掲載されました。

1)ナーシングホーム入居者を対象とした調査で、デルタ株が蔓延した6月以降はmRNAワクチンの感染予防効果は74% –> 53.1%まで低下したと報告しています。

ここでは、ファイザー社もモデルナ社も差はありませんでした。

2)18の州にまたがる21もの病院からの報告では、1129名のデータでmRNAワクチンの感染予防効果は6ヶ月経過しても84%と高く維持されていました。しかし、免疫不全者では低下していました。

3)ニューヨーク州保健局からの報告では、感染予防効果は91.7% –> 79.8%と低下したものの、入院を防ぐ効果は 95.3%と維持されていました。

いずれにしても、これらの報告ではファイザー社やモデルナ社のワクチンを2回完了した人ではデルタ株に対するブレイクスルー感染のリスクが上がっている実臨床でのデータが提示されました。

“waning immunity” (低下してきている免疫)という用語が注目されるようになります。

 公衆衛生データ解析の透明性と迅速性は重要!

一見すると、イスラエルやイギリスでのデータの方が、アメリカのデータよりも感染予防効果が低いような印象を受けます。

これに対しては、米国CDCがブレイクスルー感染のデータ集計と迅速な開示をきちんとできていないからではないか?という批判もあります。

実際に、州独自でワクチン接種、非接種者に分けたデータを把握しているコロラド州、マサチューセッツ州、オレゴン州、ユタ州、バーモント州、バージニア州のデータを見ると、7月以降の入院患者のうちブレイクスルー感染例は18-28%という高い数値を報告しているのです。ニューヨークタイムズ誌の50州独自調査でもワクチン接種者のブレイクスルー感染率は12-24%となっています。

しかし、幸いなことにワクチン接種者のうち、死亡した例はまだごくわずかである点は変わりありません。

そういった批判を受けて、CDCのワレンスキー所長は8月に新たな情報集計と報告するセンター(Center for Forecasting and Outbreak Analytics)の開設を発表したところです。

新センターの役割は、予測(forecast)、データ共有(connect)、データ発表(Inform)の3つに代表され、これにより次世代型の公衆衛生データ分析と利用を目指します。

 イスラエルが始めたブースター接種作戦、効果あり!

ファイザー社が集めていたイスラエルと英国のデータによると、抗体価が下がってもなお、重症化を防ぐ効果は約95%あると発表しています。しかしイスラエル国内で急激にデルタ株によるブレイクスルー感染が増えてくるのを見過ごすわけにはいきません。

さらに3回目の追加接種をすれば、抗体価が5-10倍に跳ね上がるという臨床試験の結果を受けて、イスラエルでは7月30日から高齢者(60歳以上)と医療従事者に優先的にブースター接種を始めました。すると、2週間後の8月上旬から、ブースター接種を受けた人の新規感染例が劇的に減り(14% –> 6%) 始めました。厳密にいうと全ての感染陽性例でデルタ株かどうかは確定されていませんし、効果が出るにはちょっと早すぎるでしょうか?

臨床試験のデータを詳しく見てみると、以下の点がわかります。

  1. 追加接種をすると、中和抗体が急速に増える(免疫記憶によるもの?)
  2. 中和抗体を再上昇させることでデルタ株への感染予防効果は高まる
  3. ブレイクスルー感染は無症状であったとしても、他人への感染拡大に寄与する可能性があるので、その連鎖を断ち切るためにも予防することが大事
  4. ブースター接種によってブレイクスルー感染による入院例の減少効果は少ない(元々低いので)
  5. 100万人のデータでは、ファイザー社ワクチンの3回目接種による副反応は、2回目の時と似ている(もしくはやや軽め)。
  6. モデルナ社は1回目と2回目に含まれるmRNA量が多いため、ブースター接種は半量で臨床試験をしている。

 まだ答えの出ない疑問点、懸念は?

  1. 今回のブースター接種は1回目2回目と同じものを使用予定だが、デルタ株に対応した新しいワクチンを接種するべきではないのか?ファイザー社やモデルナ社は変異株に対応したワクチンは技術的に可能で研究中といいますが、製造ラインには反映されていません。
  2. 各国で3回目接種を始めると、まだ1回目接種も進んでいない他国への供給が低下する懸念。
  3. 重症例を減らす効果はわずかなのに、多くの人に接種する必要はあるのか?
  4. 抗体価を測定し、低下している人のみにブースター接種をしたらどうか?(信頼できる抗体価のカットオフ値があるのか?)
  5. 追加接種を進めていっても、未接種の人たちを減らすことにはならない。
  6. 追加接種の効果が6ヶ月なのか、1年なのか、現時点では分からない。
  7. もしかしたらイギリス、カナダ、ドイツのように、mRNAワクチンの接種間隔を3-4週間ではなく、8-12週間などに引き伸ばしたら追加接種は必要ないのではないか?という意見もある
  8. 6ヶ月から抗体価が低下するデータがあるのに、アメリカはなぜ2回目接種完了から8ヶ月経った人をブースター接種対象としたのか?(わかりません)

 

感染予防効果は、ワクチンに加えて行動制限の効果も上乗せしたもの?

ブレイクスルー感染が見られるようになった時期は、ちょうどイスラエルやアメリカが全土でマスク義務を撤廃し、パンデミック前の日常行動を再開し始めた時期とも一致します。

私は、mRNAワクチンの初期の臨床試験に参加していた人たちが注意深くマスクや集まりを避ける行動を徹底していた時期でもあるので、感染予防効果がとても高く(96%)出たのではないかと思います。

実際に行動を気を付けなければワクチンの感染予防効果はもっと低いのだろうと考えています。

これは、「臨床試験という管理されたシチュエーション」と「実社会でのシチュエーション」のギャップとも言えます。

他の新規治療薬の治験でも同様の現象が見られます。臨床試験中は徹底的に服薬しているかどうかを外来受診ごとにチェックされますが、実社会では飲み忘れも多く期待するほどの効果が出ないことがあります。

ここで再びイスラエルでブースター接種の効果が数値で提示されるわけですが、同時にマスク義務や活動制限もしているので、やっぱりワクチン接種と同時に個人個人の行動様式の変化も大事なのではないでしょうか。これはすでにワクチン2回接種が完了した1.7億人のアメリカ人に言えることでしょう。

一例として、ドイツではずっと継続してマスク着用を推奨し、職場や学校での検査へのアクセスを良く保ったことでデルタ株の被害は少ない国の一つと感じます。

今となっては、5月13日にCDCが「ワクチン接種完了した人は屋外や屋内でもマスク不要でいいんじゃないか?」という発表をしなければ、7月以降のデルタ株の市中蔓延はもうちょっと防げたのではないか?と個人的には思います。もしかしたらワクチン接種の動機づけをするためのキャンペーンという位置付けであったのかもしれませんが、その後ワクチン完了者もコロナウィルス感染を広げる可能性も指摘されています。それはそうです、中和抗体のおかげで体内に侵入したウィルスを駆除して症状を防げたとしても、鼻腔粘膜でたくさん増殖するコロナウィルスを抑えられないかもしれません。今の時期は、全ての人がコロナウィルスの伝播をするかもしれないと思って行動(マスク、3密を避ける)をするべきでしょう。

 

 初回にアデノウィルスベクターのワクチンを受けた人はどうしたらいいの?

アデノウィルスベクターのワクチンとは、アストラゼネカ社やジョンソンアンドジョンソン(JNJ)のワクチンが代表となります。

欧州、シンガポール、韓国などの例を見ますと、初回にアストラゼネカ社のワクチンを接種した後にmRNA型のワクチンを追加接種すると中和抗体が大きく上昇するとの報告もありますので、

もしかしたら違うタイプのワクチンの組み合わせは安全かつ有効である可能性もあります。

エリックトポル氏の分析によると、現時点で新型コロナウィルスに対する中和抗体上昇の度合いが高いのは以下の順番ということになります。

  • 1位)COVID感染した後、mRNAワクチンを1回接種
  • 2位)アデノウィルスベクターワクチン1回接種した後のmRNAワクチン2回接種
  • 3位)mRNAワクチン2回接種
  • 4位)アデノウィルスベクターワクチン2回接種

アメリカではJNJワクチンを接種した人の割合は少ないのですが、今後のブースター接種に対してどういう方針がいいのか、という議論が続きます。まだ結論は出ていません。

 

結論

  • アメリカ全土でデルタ株が蔓延したのが2021年6月以降で、まだまだデータは出揃ってませんがイスラエルでの先行研究を見ていると、高齢者を中心にワクチン完了者であっても抗体価が低下してブレイクスルー感染が起こっている懸念があります。
  • その対抗策として、未接種の国民にワクチン接種を勧めるのと同時に、ブースター接種をすることでリスクの高い人たちの中和抗体を迅速かつ効率よく再上昇させる狙いがあります。
  • ワクチン接種が大事な戦略であるのは間違いないのですが、それだけでなくマスク着用の徹底感染リスクの高い集まりを避けるのも大事な戦略として継続する必要があると思います。
  • 個人的な意見としては、私は医療従事者であり感染リスクが高いグループで、かつ2回目ワクチン接種から11ヶ月が経とうとしているので、機会があればブースター接種を受けようと思って臨床試験に参加を決めました。
  • 高齢者、免疫不全者以外に急いでブースター接種を勧めるべきデータが出揃ってはいませんが、それだけデルタ株の感染拡大は驚異的であり、ブースター接種を支持する世論が今回の決定を後押ししているような気がします。

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー