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ファーマー容子

ブログについて

アメリカで心と体の健康を守るために知っておきたい、ちょっと小耳にいい話。アメリカの複雑な健康保険のシステムとその制限されるサービスとは。心の病気とその治療法とは。薬物依存症の症状とその治療法とは。メディカル・ソーシャルワーカーから見た、アメリカで驚きの医療とメンタルヘルスの現場を生レポートします。

ファーマー容子

報道記者&ラジオ番組制作を経て、New York University Master of Social Workを取得。Bellevue Hospital勤務後、ワシントンDCへ。George Washington University Hospital勤務。現在、NY州ロチェスターで育休中。

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(この記事は2018年3月27日に 活動的な高度な自律的なナースのための情報サイト 日経メディカルAナーシングhttp://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/anursing/ameirogu/に掲載されたものです。該当記事をご覧になるには会員登録が必要です。)

 

2013年からオバマ前大統領による医療保険制度改革が始まっても、アメリカの病院で医療を受けるということは、実質的に「患者が加入している健康保険が、受けられる医療サービスの内容を決める」ということに 、今も変わりはありません。入院についても、外来で治療できるような病状に落ち着けば、すぐ退院させられます。ほとんどの入院患者が、その退院スピードの速さに驚き、怒りを抱いています。多くの場合、入院したその日に退院日の話をされるため、患者も患者の家族も混乱するのです。そして、医療スタッフやソーシャルワーカーでさえも、個々の患者の持つ健康保険サービスの内容の複雑さに頭を悩ませます。

前回、両足を切断したホームレス患者について書きました。ホームレス歴20年以上、精神疾患と薬物依存症を合併した40歳代の男性です。もちろん健康保険に加入はしていません。この患者は、退院後、点滴での抗生物質の投与と損傷部の陰圧閉鎖療法、インスリン投与、そして両足を切断したことによるリハビリが必要でした。アメリカでは通常、1週間以上の点滴治療を受ける場合は、PICC(腕から挿入する中心静脈カテーテル)挿入後に即退院、自宅投与になります。

しかし、私が勤務していた病院では、ホームレスや薬物使用歴のある患者については、自宅、ホテル、友人宅での点滴治療は禁止されています。たとえ、医師が責任を取ると申し出ても、家に使用する医療器具や点滴薬剤を運搬し、看護師を派遣してくれる会社はありませんでした。この男性の場合、退院先の自宅もなかったため、施設を探すという選択肢しかありませんでした。

看護師のレポート内容次第で退院先を失うことも

たとえ健康保険があったとしても、退院後に、精神疾患や薬物使用歴のある患者の継続治療を受け入れてくれる施設を見つけることは非常に難しいのが現状です。精神疾患、薬物依存症など、個々の病気に対して治療する施設はあっても、それが合併していると、継続的な医療ケアを提供できる施設は少ないのです。また、多くの患者が、入所先の施設での薬物使用、不適切な行動や暴力、脱走といった行為を行うリスクがあるため、さらに受け入れ先を見つけるのが困難なのです。実際に、暴力を振るった、あるいは、脱走を試みたという理由で、退院した次の日に、患者が病院に送り返されたケースがありました。

私がアメリカでソーシャルワーカーをしていて驚いたのは、多くの生活保護者やホームレスは、自分たちの受けられるサービスとそれを選ぶ権利があることを熟知しています。この患者の場合も病院での治療は全て受け入れるが、他の施設での継続治療は望まず、「他の施設へ移らなければいけないなら、自分は今すぐこの病院を出て行く」と言いました。アメリカの病院では、患者は治療場所や治療方法を選ぶ権利があり、医師らの意見に反対する場合は、AMA(Against Medical Advice)にサインをすれば、自ら退院することができます。

退院後の受け入れ先施設を見つけるにあたっては、看護師のレポートが重要なキーポイントになります。施設を探す場合、その退院予定日からさかのぼって3日分の看護師によるレポート提出が求められるのですが、レポートの内容一つで退院先を失う可能性も十分にあります。そのため、患者の担当看護師のみならず、主任及び副主任看護師との密な相談が不可欠です。特に、患者の血圧値の変動や不適切な言動などの報告があると、退院日を遅らせることになったり、あるいは、決まっていた退院後の施設から受け入れを拒否されることもあります。

この患者の場合、患者自身が正当に医学的判断をできるかを巡って、当初は精神科医師や弁護士も交えて、裁判所で彼の退院する権利を認めるか否かの議論をしていました。 ただ最終的には本人が納得して、医師や看護師が常駐するホームレスシェルターに受け入れてもらうことができました。患者の説得を始め、弁護士との話し合い、低所得者と身体障害者用の公的医療保険である「メディケイド」の手続き、点滴治療から経口抗生物質への変更、損傷部の陰圧閉鎖療法から創部ケア、車椅子の手配、精神科外来サービスの手配など、退院後の治療継続のための準備に何カ月もの時間を費やしました。

アメリカでは現在のところ、健康保険に加入しない場合は、ペナルティーを支払うシステムになっています。それでも、ペナルティーを支払った方が金銭的に安いという理由で健康保険に加入しない患者もいます。州によって、入院してからでも、特別に加入できる個人の健康保険もありますが、その掛け金は高額です。また、治療費や薬代金をほぼ全額カバーしてくれる低所得者用の公的医療保険制度であるメディケイドに加入するには厳しい条件を満たさなければなりません。

このホームレス患者の場合も、最終的に半年以上の時間をかけてメディケイドに加入しましたが、彼のように治療費のほとんどをカバーしてくれる保険を取得できたケースは、実はラッキーであると言えます。それは、メディケイドの保険の中にもいくつかのランクがあり、治療代や薬代などのカバー範囲が異なります。こうした制度もまた、ソーシャルワーカーや医師など、医療関係者を混乱させているのです。

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