アメリカでの小児科レジデントは3年間。英語の環境下で、当初はプログラムで生き残るのに必死だったが、この2年間で少しずつ余裕も出てきて、日米の研修医教育現場の差異を客観的に評価できるようになってきた。
例えば、米国の小児科研修は手技を重要視していない。日々の臨床では本当に、点滴ひとつしない。採血・点滴は看護師や採血士(phlebotomist)の役割である。研修医中に経験すべき手技リストがあるが、3年間で点滴や導尿が2-3例!のみである。研修医中に挿管することも(カピオラニ小児病院では)ほとんどない。日本では手技をしない小児科医なんて、施設で機能しないし、必要とされない。臨床留学した医師たちの間では共通して、手技は日本人医師の見せ所という話になる。加えて、日本の「卒後初期研修」は基本的にはさまざまな科を回るローテート研修であるのに比して、アメリカではそのローテート研修はすでに医学生時代に終えており、アメリカでの「卒後研修」は内科・小児科・外科など、日本の「後期(専門医)研修」にあたる。このように日米の卒後研修は質・方向性の違いがあり、純粋に優劣をつけられるものではない。これはすでに反田篤志先生も2013年のブログで述べられている(「医学教育の日米比較 日本医師の強み・弱み- 米国で医療従事者になってみた」)。ただ、私見として、研修医期間に経験できる疾患の幅広さとそのバランスに関しては、米国に軍配が挙がると感じている。
日本の医師であれば、研修医の間に地方会などで、「◯◯な経過をたどった希少な●●の一例」といった症例報告を発表させられた経験があるだろう。日本の研修医の登竜門である。ところが、アメリカの研修医は学会で症例発表をすることはまずない。アメリカでは病院が集約化されているため、日本ほど患者が散乱せず、希少疾患を多数経験できる教育システムが整っていることが理由のひとつとして挙げられる。ここカピオラニ小児病院は、一学年のレジデントが8人前後と決して大所帯の研修病院ではない。全米では、一学年のレジデントが30人を越える小児科研修病院もある。しかし、その比較的小さな小児科プログラムのカピオラニ小児病院でさえ、ベッド数は200床以上あり、日本の大学病院やこども病院の症例数を凌駕する。年間の出産数はカピオラニ小児病院内だけで8000件、NICUの入院が1000件、年間の総入院数が17000件である。毎朝8時からモーニングカンファレンスで、レジデントが経験した症例経過を口頭発表して、みなで議論する。その発表自体がすでに日本での症例発表レベルである。これを毎朝繰り返して、レジデントは経験値を増していく。
また、経験数の違いとして小児がんの患者数を挙げる。カピオラニ小児病院の血液腫瘍科の新規紹介は年間平均50人である。日本の大学病院やこども病院で、年間新規患者50人を越える病院がどれだけあるのだろうか。さらにアメリカでは、小児血液腫瘍科の専門研修指定病院になると、新規患者は年間100例以上が通常である。日本では、年間2000人から2500人の新規の小児がん患者がいると推測されており、約200の小児がん医療機関が存在する。つまり、単純に計算すると、ひとつの施設で 新規患者は年間10人しか経験できない。日本で年間10例、アメリカで年間100例。経験数で10倍、差がついている。私が日本のある市中病院に非常勤勤務をしに行った時の話だが、その中で白血病の子が1人、化学療法のために入院していた。他の入院患者の大多数は肺炎などの感染疾患である。おそらく、その小児科部長の専門が血液腫瘍であったために、その子が入院していたのだろうが、こうした状況はアメリカではあり得ない。そもそも一般市中病院で、希少かつ致死的な白血病を治療する意義は? 同じ病棟内に感染疾患の子がいて、危険ではないか? 今ではこうした希少致死疾患は集約化して治療した方が、スタッフの経験値も伸び、予後の改善に結びつくと考えられ、ついに昨年、厚生労働省が日本国内で小児がん拠点病院の発表を行い、15病院が指定を受けた。今後の日本の小児がん治療と小児がん専門医の教育も充実していくだろうと期待される。