Skip to main content
ラプレツィオーサ伸子

ブログについて

超高齢化に少子化。看取りはこれからの日本にとって大きな課題です。アメリカでの訪問看護、在宅ホスピスナースとしての経験を少しでも役に立たせたいと思い、一人で“ホスピス啓蒙活動”(略してスピ活)をしています。あめいろぐを通じてより多くの人にホスピスや緩和ケアについて興味を持って頂き、スピ活を広げていきたいです。

ラプレツィオーサ伸子

千葉県出身。東京大学医学部付属看護学校、北海道立衛生学院保健婦科卒業。神奈川県の大学病院で整形外科、神経内科病棟勤務後、米国留学、癌専門看護において看護修士取得。RN。1998年より現ジェファーソンヘルス・ホームケア・ホスピスにて在宅ホスピス及び緩和ケアに従事。CHPN(Certified Hospice and Palliative Nurse:ホスピス緩和ケア認定看護師)、CHPPN(Certified Hospice and Palliative Pediatric Nurse:小児ホスピス緩和ケア認定看護師)。2019年に「ホスピスナースが胸を熱くした いのちの物語」を出版。

ラプレツィオーサ伸子のブログ

★おすすめ

Covid19のパンデミックにより、私たちは今、一年前には想像もしなかった世界に生きています。世界中のだれもが経験したことのない事態に、この半年間、医療従事者はまさに暗中模索をしてきました。そしてそれは、エンドオブライフケアにおいても、例外ではありません。

アメリカでは4月に入ってから、爆発的に感染者が増え、病院から自宅、あるいはナーシングホームに戻ってホスピスケアを受ける人の中にも、Covid陽性の患者さんが増えていきました。その場合、当然訪問するスタッフはPPEのフル装備で、患者さんや家族は私たちの顔も見えず、声もくぐもり、触れる手には手袋がはめられています。私たちが訪問する時は、家族は必ず、患者さんも可能であればマスクをしてもらうため、お互いの表情もよく見えません。そして、すぐに全ての患者さんの訪問時に、N95マスクとフェイスシールド、あるいはゴーグルの着用が必須となりました。そして、自宅でCovid陽性の方が亡くなった場合、死亡時訪問をしたホスピスナースは地元の検死医に報告し、葬儀社は遺体を2重の袋に入れなければなりません。また、たとえ末期のがんでホスピスケアを受けたとしても、陽性の場合、死因はCovid19となります。もちろん、家族の面会も許されずに病院や施設で亡くなる方々を考えれば、家族が看取ることができるのは幸せです。しかし、最後のお別れをしに集まった家族にも、ソーシャルディスタンシングを守るよう注意を促すのは、たとえそれが職務だとしても、心が痛みました。

4月後半から5月には、病院に収容しきれない陽性の患者さんたちが、どんどんナーシングホームに送られてくるようになりました。そして、施設内をビニールのカーテンで仕切った隔離棟を設けたものの、あっという間に施設内で感染が広がりました。そうした施設にも、ホスピスの患者さんはいるのですが、施設によってはホスピスのスタッフの訪問も制限するようになりました。中には、「亡くなりそうになったら電話するから」と言う施設もあり、さすがにそれを受け入れるわけにはいきませんでした。私たちのホスピスディレクターは、ホスピス・緩和ケア協会などの協力を得て、施設に入居しているホスピス患者に対するホスピススタッフの訪問を規制することは、エンドオブライフケアにおいての倫理に反し、ホスピスはそれに甘んじることはできない、という旨の手紙を発行してもらい、それぞれの施設に送りました。それでも、1つのホスピスから1人のホスピスナースが週に1度(ただし、患者さんがactively dying<死期が迫っている>場合を除く)、ホームヘルスエイドやMSW、ボランティアやチャプレンの訪問はしばらく禁止といった規制がしばらく続いたのです。

そんな状況の中で、ホスピスはチームとしてできることを模索しました。唯一訪問を許されたナースは、訪問時にビデオ電話を使って、患者さんと家族が顔を見ながら話せるようにし、MSWやチャプレンは定期的に家族に電話をしました。音楽療法士は音楽療法のビデオを作って送ったり、オンラインでのセッションを行ない、ボランティアコーディネーターも、家族へのサポートの電話やボランティアの人たちが編んだひざ掛けを届けるなど、とにかく限られた中でできることで、少しでも患者さんを孤立させないよう、家族の不安を軽減できるよう、工夫を凝らしました。

7月になると、どのナーシングホームでもだいぶ状況が落ち着き始め、家族の面会はまだでも、ホスピスのMSWやホームヘルスエイド、チャプレンの訪問は解禁となる施設が増えました。もちろんN95マスクとフェイスシールド着用ですが、それでも、誰かが横に座り、話を聞いてくれる、あるいは話しかけてくれることは、人生の最終章にいる人たちにとって、大変意味のあることだと思います。しかし、パンデミックによる精神的な影響は計り知れず、認知症やうつ症状があっという間に進行、悪化した患者さんは多く、忸怩たる思いはぬぐい切れません。

在宅の患者さんでも、子供や孫などの訪問は限られ、できても窓越しや、マスクをして1.8mの距離をあけるなど、それまで普通にしていたハグやキス、手を握ったり背中をさすったりなどのスキンシップは全て過去のものとなりました。また、介護する家族の「自分が感染したらどうしよう」という不安と恐怖も大きく、中には3カ月以上家から一歩も出ていない、という人もいます。小児のケースでは、外部との接触を減らすため、日々のケアをするシフトナースをキャンセルしたり、一定数のナースに制限したりする家族もあり、それによる負担の増大は計り知れません。

Covid19に感染しなくても、その影響で治療や処置が適時に受けられなかったため、原疾患が悪化し、ホスピスケアを選んだ人たちもいます。また、原疾患があり、Covid19の感染により、その死期が早まった人も多いでしょう。もちろん、中には軽い認知症があり、Covid19の重症化のためホスピスケアを選び、見事に回復してホスピスケアを終了したという人もいます。どちらにしても、これほど多くの人が、思いがけない未知の感染症によって死の恐怖を身近に感じたのは、現在生きているほとんどの人にとって、初めての経験だと思います。そして、それは、まさに、自分の人生をどう終わらせたいかを考えるきっかけ、ACP(アドバンスケアプランニング)の第一歩なのです。特に高齢者の方は、もしCovid19に感染して重症化したら、人工呼吸器を着けるか、ECMOを使うか、どこまで治療するかを、少なくとも、ちらりとは考えたのではないかと思います。その、ちらり、を、家族やかかりつけ医とシェアするだけでも、言葉にすることによって、自分の気持ちが見えてくるかもしれません。コロナ禍は、ACPの絶好の入り口になるのではないでしょうか。

アメリカでは、医学的、科学的見地だけでなく、政治や思想が大きくからみ、このパンデミックによって社会は混沌としています。しかし、私たちが向き合っている患者さんや家族にとっては、たった一度の人生、かけがえのない母親、父親、兄弟姉妹や子供なのです。その人の最後の日々を、この混沌の中でも、いかに快適で、充実した、悔いのないものにできるかが、ホスピスチームの行うエンドオブライフケアの神髄だと思います。苦境の中でこそ、アイデアはひらめき、チームは結束し、意外な産物が生まれることもあります。ほんの小さなことや、何気ないひとことが、苦しんでいる患者さんや家族の安らぎになることもあります。そんな希望を失わず、いつまで続くのか、どこまで行くのか、なかなか先の見えない状況の中、雨や風や竜巻や、夏の暑さにも負けず、しばらくはN95と共に、患者さんたちに心と身体の平穏を届けられるよう、自分にできることを精一杯したいものです。

 

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。


バックナンバー