患者を診る立場として、臨床医はその時その時で最善と「思われる」ケアを提供しようと努めます。その最善の選択は何がいいか議論するにあたって、医療従事者は“Evidence”(証拠)という言葉が大好きです。一方、ある患者にAと […] » 続きを読む

患者を診る立場として、臨床医はその時その時で最善と「思われる」ケアを提供しようと努めます。その最善の選択は何がいいか議論するにあたって、医療従事者は“Evidence”(証拠)という言葉が大好きです。一方、ある患者にAという薬が効いたから次の患者にもと、臨床医個人としての経験“Experience”をもとに医療を提供するのはその対局としてよく捉えられます。ただ、今のご時世にこの経験に基づく帰納法的な考えでの臨床スタイルはそこまで主流とは言えません。一人の人間が世の中の事象を全て経験することは不可能ですし、その限られた経験から全てに真理を導き出すことは不可能でしょう。
結果として前者の“Evidence”の出番です。今の世界でそれが指し示すものは単純に言うと研究/論文です。研究に直接関わって“Evidence”を作ろうとする研究者も、その研究を解釈し実際の臨床現場に落とし込んで“Evidence based medicine”(EBM)を実践しようとする臨床医も、その“Evidence”に深く関わってくる“N”『エヌ』という言葉も大好きです。“N”とは何人の患者が対象として研究されたか、という数字を指す言葉ですが、「あの研究はエヌが小さいから信憑性はどうだろう?(= エビデンスは弱い?)」という風に使われます。まるで何千、何万と大きな“N”にアクセスできる研究(= リソースが豊富)が全てかのような風潮。では、“N”が小さくならざるを得ない世界ではどんな医療を提供できるのでしょう。
先日、ある皮膚科クリニックで研修する機会がありました。そこには数百万人に一人しか罹患しないような病気を持つ患者が訪れてきます。そこに一人、そんな「超」が付くくらい頻度の少ない病気を持つ患者達だけを何十年と診察し続けてきた医師がいます。初日、彼が来るまでの待ち時間に勉強しておくよう手渡された論文を見て驚きました。10数名の“N”で一流とされる医学雑誌に彼の論文が無数に載っていたからです。提供するケアは“tailor-made”と言われながら10名弱の患者を彼と一緒に診察した初日終了後、私がこの疾患群を専門にしていかないことを知っている彼は「君が医師として一生で診たかもしれないこの病気を持つ患者数よりも多くの患者を今日だけで診察し経験できたはずだよ、よかったね。」とさらっと言いました。
プライマリーケア、平たく言えば多種多様な患者を包括的に医療現場の『最前線』で診ていこうとするスタイルとは全く真逆の彼のそれは、今まで専門性を敢えて避けるように医療に関わってきた私からすれば衝撃的でした。プライマリーケア、公衆衛生、功利主義的な考えではなかなか解釈できない世界だからです。しかし、同時にそこは間違いなく医療の『最前線』でした。彼に会うまで数年に渡り病いと闘い苦しんできた患者達はそこで彼に会い病気を克服し、揺るぎない医師−患者の信頼関係が存在していることを彼の診療をみていると感じることができました。
彼にとって“Evidence”を作る、論文を書く理由は、自分の経験を世界に広めるため、です。驕りではなく、これら稀な疾患群を自分よりも多く経験している人はいないと思っていて、同じ病気で苦しんでいる人を助けようと思ったら論文を通して貢献することが一番と考えているからです。論文を読んだ医師が世界中から彼に相談の電話をかけてきますし、世界各地の学会に招待されて忙しい臨床/研究の合間に世界中を飛び回っています。
“Experience”が“Evidence”に直結する世界。
それら“Evidence”としての論文は彼自身の患者も救います。例えば、保険会社と交渉する時。稀な病気を持つ患者に稀で高価な治療を保険でカバーしてもらうためには“Evidence”は正当かつ強力な手段です。このように、人並み以上にしっかりとした主張が必要な世界に身を置いてきた彼は、現在のアメリカの医療、ひいては民主主義に少なからず不満を抱いているようでした。
『本当の意味で患者のために仕事をし、医療に貢献したいと思ったら“Niche”(ニッチ)な世界を生きるんだ。』と彼は私にアドバイスをくれました。一般的な皮膚科医として仕事をしようと思ったらいつでもできる、Botox(顔のしわ取り等に使う薬)を提供するクリニックを開いて今以上の給料を簡単に手にすることもできる、しかしそれは私の生き方ではないと。
“Niche”、辞書を引けば「隙間」「適所」というような訳が出てきます。彼にとっての“Niche”はどちらの意味も兼ねるでしょう。医療が『隙間』だけで成り立っていないことは当然です。『隙間』が生じるには『隙間以外の大部分』が必要になるので。ただ少なくとも言えることは、“Niche”な世界をしっかり生き抜くには、安易な流れに乗るのではなくもっと強い信念/覚悟が必要だろうということです。その世界が結果として『隙間』であろうと『隙間以外の大部分』であろうと。さて、私にとっての“Niche”な世界とは?
“The world is a great mirror. It reflects back to you what you are. If you are loving, if you are friendly, if you are helpful, the world will prove loving and friendly and helpful to you. The world is what you are.”
Thomas Dreier (1884-1976); Writer, businessman
患者を診る立場として、臨床医はその時その時で最善と「思われる」ケアを提供しようと努めます。その最善の選択は何がいいか議論するにあたって、医療従事者は“Evidence”(証拠)という言葉が大好きです。一方、ある患者にAと […] » 続きを読む
(この記事は、2013年8月23日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadett […] » 続きを読む
いよいよまたマッチングの季節です。今年のマッチデイは3月21日だそうですね。 先月うちの病院の麻酔科の主任教授がステップダウンするという発表がでたました。その頃の麻酔科のラウンジでの会話。レジデンシープログラムディレク […] » 続きを読む
先日休暇で日本に一時帰国する機会がありました。海外に滞在する期間が長くなると逆に日本に帰ることが少しドキドキ感を伴います。自分が知らないうちに何が変わったのか。まるで行ったことのない国を初めて旅行して刺激をもらうかのよう […] » 続きを読む
(この記事は、2013年8月2日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto […] » 続きを読む
羽田空港の管制官だったころ、夜勤の時の楽しみのひとつに離着陸の飛行機がすべて終わったあとのトランプがありました。 ブラックジャック、もうどうやって遊ぶのかも忘れるくらいずいぶん時が流れてしまいましたが、残念ながらまったく […] » 続きを読む
以前投稿しました記事への多くのコメントをいただきありがとうございます。同じような趣旨の質問へまとめて回答させていただきます。 [投稿者:廣瀬さん、かよこさん、さやさんより] NCLEX-RNへの申し込みや準備を日本でした […] » 続きを読む
ご無沙汰しております。 夏にあめいろぐに参加させていただいた直後、メリーランド州モンゴメリーカウンティの公立学校にOTとして就職しました。小学校と中学校をかけもちです。大学を卒業後、結婚までの約2年半働いて、それからは大 […] » 続きを読む
アメリカの保険システムの複雑さはこのあめいろぐでも散々話題になっているので、ご存じの方も多いと思われます。先日、医療保険会社と2つの戰いを終えました。一勝一敗、五分五分でした。 一戦目。 静脈瘤クリニックからの紹介の、静 […] » 続きを読む
私が住んでいるコロラド州では、今年は記録的な寒さが続いています。氷に足を滑らせて怪我をしたり、辺り一面の粉雪で運転中に事故を起こしたり、といった話を毎日のように聞いています。もちろん、薬を処方する薬局での仕事は季節を選び […] » 続きを読む