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桑原功光

ブログについて

大阪出身の妻と2児の子育て奮闘中。子育ては最高の小児科学の教科書です。モットーは“think globally, act locally, and love your family”。小児科・神経科・医学教育を世界で学び、グローバルな視野を持つ後進を育成することと、息子たちとアイスホッケーを生涯続けることが夢です。

桑原功光

北海道砂川市出身。2001年旭川医科大学卒業。1年間の放射線科勤務の後に岸和田徳洲会病院で初期研修。都立清瀬小児病院、長野県立こども病院新生児科、在沖縄米国海軍病院、都立小児総合医療センターER/PICUと各地で研鑽。2012年-2015年 ハワイ大学小児科レジデント修了。2015年-2019年 テネシー州メンフィスで小児神経フェロー、臨床神経生理学(小児てんかん)フェロー修了。2019年9月よりミシガン州デトロイトのChildren's Hospital of Michiganで小児神経科&てんかん医として勤務開始しました! 日米両国の小児科専門医&米国小児神経科・臨床神経生理学専門医

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アメリカ人がフェローを希望する際に、何より重要視するのが収入とライフスタイルです。一般的に、手技の多い科や使う薬価が高い科は収入が多い傾向があります。2015年のNRMP(National Resident Matching Program)の報告によると、小児科の中で、最もポジション競争率の高いフェローは、実はスポーツ医学です(意外!)。希望者の総数は少ないのですが、全米中のポジションそのものが少なく、内科や家庭医療出身のレジデントも同じポジションに応募するため、2015年度の倍率は約3倍でした(19人のポジションに全米から65人応募(46人アンマッチ))。スポーツ医学は手技も少なく、薬価も高くないので、ライフスタイルを重視する小児科医が志望すると考えられます。

スポーツ医学を抜かすと、例年は、小児循環器小児救急小児消化器小児血液腫瘍が倍率の高いトップ4 です。昨年のマッチ結果は、小児循環器は137人のポジションに181人応募(44人アンマッチ)、小児救急は159人のポジションに201人応募(42人アンマッチ)、小児消化器は82人のポジションに117人応募(35人アンマッチ)、小児血液腫瘍は153人のポジションに181人応募(28人アンマッチ)でした。

しかし、ここ数年、希望科の傾向に若干変化があります。小児循環器はすでに全米でもポジションが埋まりつつあり、フェロー修了後にアカデミックなポジションを探すことが難しくなり、避ける卒業生が増えているようです。逆に、日本でも徐々に関心が高まっている小児集中治療(Pediatric Intensive Care Unit:PICU)に注目が集まっています。10年くらい前まで、小児集中治療フェローシップは、全米中でも約10%は埋まらず、追加応募を出していました。ところが、ここ数年の間に、人気が上昇して、2015年度は全米160人の枠に206人が応募し、46人はアンマッチという事態です。今まさに面接をしている2016年度はさらに応募数が増加しており、倍率はさらに高くなるでしょう。小児集中治療医の需要が高く、他の小児専門科に比べて給与も良く、シフト制であることに加えて、急性期に興味を持つ小児科医が、小児循環器希望者から小児集中治療フェローにシフトしていると推測されます。

前編で紹介したフェローリストの中に、「小児神経科」がないことを気づいた方がいるかもしれません。実は小児神経科はsubspecialtyの中で例外的にフェローではなく、ACGMEで最低5年間と定められた小児神経「レジデント」プログラムです。小児神経科に進むためには、主に3つの道があります。

1.Categorical:小児科レジデント2年間+小児神経トレーニング3年間の計5年間のプログラム(※同一のプログラムで5年間研修)

2.Advanced:小児科レジデントを2年間終わらせてから、別の施設で小児神経トレーニングを3年間修了。(※小児科レジデントに応募する時点で、2年先の小児神経トレーニング施設も同時に応募。小児科レジデント施設と小児神経トレーニング施設は別施設)

3.Reserved:小児科レジデントを最初に3年間終わらせてから、別の施設で小児神経トレーニングを3年間修了(※小児科3年目に、小児神経トレーニング施設に応募)

私は3のReservedで応募しました。Reservedは計6年かかりますが、 小児科を3年間修了した時点で小児科専門医を取得できます(前2者は5年間修了しないと小児科専門医は取得できない)。端的に述べると、Reservedは、全米70カ所ある小児神経プログラムのうち、「何らかの理由で1-2年目のうちにレジデントが抜けてしまい、3年目が空白となってしまった」ため、その枠を埋めるために、新たに応募しているプログラムです。Reservedの数は、各プログラムの空白状況に左右されるため、Reservedのポジションは毎年変わります。私が応募した時は全米で10カ所ほどしかありませんでした。ちなみに、Reservedのように、すでに小児専門医を取得している人を「小児神経レジデント」「小児神経フェロー」どちらで呼ぶかは、各プログラムでも違うようです。私は小児神経「フェロー」と呼ばれています。

小児神経科は他に比べると手技も少なく、収入が(他の小児科subspecialtyと比して)それほど高くなく、トレーニング3年間のうち「成人神経科を1年間ローテートしなくてはならない」ため、以前はアメリカ人にとって人気が少ない科でした。そのため、小児神経科は外国出身の医師がかつては多かったのですが、最近はアメリカ人が増えてきています。理由は全米でも専門科指向が進んできたこと、MDに加えてDOが増えてきたため(現在、全米医師の約5%)、将来の一般小児科就職枠に懸念が出てきたこと、全米で小児神経科専門医の需要が高いこと(入院中でコンサルトがもっとも多い専門科のひとつが小児神経科であり、小児神経外来予約が1-2ヶ月待ちは珍しくない)などが挙げられます。そのため、米国に残るという選択肢を考えた場合、小児神経科は就職には困らないでしょう。日本に帰国するという選択肢を選んでも、米国で小児神経科の臨床研修を修了した小児科医は、極めて希少であり、日本の小児神経の臨床教育に新たな刺激をもたらすことができるかもしれません。

テネシー大学小児神経科は Le Bonheur Children’s Hospital(ル・ボーナー小児病院)のNeuroscience Instituteで主に診療しており、メンフィスを中心としたテネシー州西部、アーカンソー東部、ミシシッピ州北部と広域にわたる小児神経患者が全てル・ボーナー小児病院に集まるため、非常に症例が多いです。指導医やスタッフとの雰囲気も極めて良く、各科との壁も低く、私は大変満足しています。

“Neuroscience Institute at Le Bonheur gives kids a new day”

加えて、メンフィスにはル・ボーナー小児病院に加えて、世界最大の小児ガン施設「セントジュード小児病院」に研究留学されている日本人小児科医が数多くいるため、大学間の垣根を越えて、国際的な知見を交流できます。日本人医師でレジデント・フェローを考慮している方は、メンフィスもいかがでしょうか。

秋の紅葉が鮮やかなメンフィスより、ル・ボーナー特派員レポートでした。

1件のコメント

  1. 桑原先生ですよね。多摩医療センターで一緒に働いていた奥山です。覚えていらっしゃるかな? アメリカで働く夢を実現させたんですね!おめでとうございます。実は私も現在アメリカでRNとしてERで働き始めて4年が過ぎました。先生はメンフィスですか?私はカリフォルニアのLAにいます。ご連絡とりたいです。

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