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奥沢奈那

ブログについて

精神科というと、何となく暗くて怖いイメージがあったり、心の内を分析されてしまうのでは?などと誤解されがちですが、アメリカの精神科医療を少しでも身近に感じていただけるよう、日々感じたことを綴ってゆけたらと思います。

奥沢奈那

東京出身。雙葉高校在学中に国際ロータリー青少年交換留学生としてベルギーに留学後、渡米。ニューヨーク州サラローレンスカレッジ卒業。セントジョージ医科大学を卒業後NYマイモニデスメディカルセンターで一般精神科の臨床研修を修了。メリーランド大学で児童精神科専門研修後、同大学精神科助教。米国精神科専門医。

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(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に寄稿されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)

私はいま、思春期男子専門の急性期精神病棟で働いています。「急性期精神病棟」と漢字で書くと怖そうな印象ですが、患者さんのほとんどが保護者の承諾を得た任意入院で、症状を安定させてできるだけ早くご家庭、学校、コミュニティーに帰っていただくことが目標なので、平均入院日数は1週間程と、それほど⻑くありません。20床の病棟は常に満床で、子供達が毎日頻繁に入れ替わっています。

それでも、クリスマスやお正月などのホリデーシーズンには、入院が⻑引き1カ月ほど 帰れない少年達もいて、病棟内の空気もどんよりとしていました。ホリデーシーズンに病 棟に残っている少年達や、精神病棟に入院してくる少年達の多くは、帰る家がない子供 達、つまり何らかの理由で保護者が親権を失い、州が親権を持つ子供達でした。

朝も昼間も好調だった子供達が突然「キレる」理由

そんな少年達の多くが、朝の診察ではとても状態がよく、昼間もグループ療法や音楽・ アートセラピーなどのプログラムに従事できていながら、夜になると暴⼒的になったり崩 壊的な⾏動をとるようになりました。経験の浅い私は「夕方から夜の時間帯の薬の量の調 整が必要なのではないか」と思いました。しかし、思春期病棟で30年以上勤務されている 病棟⻑のお話を聞いてハッとしました。

夕方から夜にかけては家族の面会時間にあたります。精神病棟での面会は、患者さんの 個室内ではなくスタッフの目が届く食堂やラウンジなどで⾏われるので、面会に来る家族 がいない少年も、他の少年たちが家族と触れ合う姿を目の当たりにすることになるので す。「暴⼒をふるっていると退院できないよ」。そう言うと、「退院したくないよ」と答 える少年達がいます。精神病棟の方が元の環境よりいいのかと思うと悲しくなります。

成人の急性期精神病棟の治療では、統合失調症や躁うつ病などのsymptoms-症状を軽減 させることに重点を置いていたと思います。精神病棟に入院してくる子供や思春期の⻘年 の症状の多くは、aggressive behavior(暴⼒的⾏為)、self -injurious behavior(⾃傷⾏ 為)、out of control behavior(反抗、攻撃⾏為)などです。

日本で「キレる子供」という表現がありましたが、思春期病棟にいると、子供が「キレ る」背景には、本当に様々な要因があることが分かります。注意欠陥/多動性障害や発達 障害、気分障害、不安障害、薬物依存など本人の精神科的既往だけでなく、親の不仲、離 婚、家庭内暴⼒、性的虐待、親の薬物依存、薬物が胎児に与える影響、家族の精神的疾 患、家族の死、⾥親との問題、貧困、地域のギャング活動、いじめ、人種差別や同性愛差 別など、本当に様々な要素が絡み合って、aggressive behaviorなどの症状として現れてく るのだと思います。

ですから、symptoms-症状だけを⾒てその軽減を図っても、できるはずがないのです。 かといって、その背景にある多くの社会的問題を解決できるはずもなく…。

こんな風に考えていると絶望的な気分にもなってしまいますが、米国で子供のメンタル ヘルスに関わる仕事に従事する者が大好きな言葉の一つに、”resilience” があります。英和 辞典には「弾⼒限界の範囲で歪めた後にもとの形や位置に戻ることのできる素材の物理的 特性」とありますが、イメージしていただけるでしょうか。児童精神医療では、回復⼒、 逆境に負けない強さ、の意味で使います。

ある日、病棟⻑のところに、こんなメールが届いたそうです。「20年以上前に、何度も 先生の病棟でお世話になりました。あれから大人になって、今は⾃分のことが好きになれ ました。先生のおかげです」。このような喜びのために、この仕事を続けているのだ、と 病棟⻑は言うのでした。

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