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宮田(野城)加菜

ブログについて

日本の医療、在米邦人の方々の医療に少しでもお役に立てるよう、情報を発信していきたいです。

宮田(野城)加菜

東京医科歯科大学医学部を卒業後、腎臓内科研修を開始。在沖縄米国海軍病院を経て2011年夏よりアメリカ、ニューヨークにて内科研修後、ロサンゼルスにて腎臓内科専門研修を行い、指導医となりました。

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(この記事は、若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に寄稿されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)

私「はい、では診察は以上です。今日の分の抗生剤の点滴はERで終わっていますから、次の点滴は明日の朝です。今夜はゆっくり休んでくださいね。」

患者「はい、ありがとう。」

夜間当直中、新しい患者の入院時診察を終えた私の前で、ベッドの端に座っていた患者さんが横になる。

私「頭、少し上げますか?」
患者「そうですね、少し上げてもらおうかしら。」
患者さんの表情を見ながら電動ベッドのボタンを押す私。ウィーン、ウィーンと音を立てて、電動ベッドの頭の角度が上がる。
私「これくらいですか?」
患者「いや、もう少し。」
ウィーン、ウィーン。
患者「あと少し。」
私「これくらい?」
患者「あー、ちょっと高すぎるわね。もう少し下げて。」
ウィーン、ウィーン。
患者「ストップ」
私「はい、それではまた明日お会いしますね。おやすみなさい。」

こうして私は病室を去り、ナースステーションへ向かう。アメリカに来て以来、この微妙なベッドの頭の上げ下げ調整を何度となく繰り返して、徐々にうまくなってきていると思いきや、こればかりは患者さんの好みによるので今でも微調整が必要となる。

アメリカの映画やアニメを見ていて、枕を肩甲骨あたりから何個か積んで軽く体を斜めにして眠っているのをよく見かける。中学校に上がって自分のベッドを買ってもらうまで、毎日畳に布団をひいて寝ていた子供時代の私は、いつもそんな欧米の子供達の眠り方にあこがれていた。しかし、今大人になって試してみると、頭を上げたまま寝ることは私にとって不快で、つい真っ平らになって枕1つでぐっすり眠りたいと思ってしまう。

以前カリフォルニアのアメリカ人の友人のお宅に泊まった時、ゲストルームのベッドに枕がすでに5個も積んであるにも関わらず、「枕足りなかったら、クローゼットにあるから自由に使ってね」と言われて驚いた。このときは、自分が使う1個以外の枕を汚しては悪いと思い、使わない4個をまずクローゼットに閉まっておいた。

やはり畳文化とベッド+枕文化の違いなのか、こちらではどうも頭の位置が少し上がっている状態に心地よさを感じる人が多い気がする。ざっと病棟を見渡しても、頭が軽く上がっている人がほとんどである。もちろん、アメリカの病院では日本以上に誤嚥防止プロトコールが徹底しているという点もある。防げる院内合併症を防止する努力なしに患者さんが疾患を患う、例えば誤嚥性肺炎などになった際、病院の怠慢ということで保険会社がその患者の入院費用を一切支払わないことがある。寝たきりの高齢者や脳神経疾患・意識障害がある患者さんなど、少しでも誤嚥の可能性があると思われる際には医師の入院時オーダーでAspiration Precaution(誤嚥注意)という項目にチェックが入り、食事中は90度、寝るときも30度以上などとベッドの傾きが決められている。それにしても、誤嚥リスクの全くない若い患者さんも含め、大勢ベッドの頭が上がっている景色にいつの間にか慣れてしまっていた。

さて、先日ICU(集中治療室)をローテーションしていた際の出来事である。たまたま日本人旅行客の鈴木さん(仮名)がひどい肺炎で入院され、私が担当することとなった。治療の効果もあり、鈴木さんの病状は連日よくなり、数日でICUを出て一般病棟の4人部屋へ移ることになった。担当医師も私から他のレジデントへと変わったのだが、鈴木さんは英語での病状の説明などに不安を感じられていたため、私もICU勤務の前後にその病棟へ寄って、何か困ったことはないか、担当医に聞いてほしいことはないか、などを日本語で聞きに行くようにしていた。

ある日様子を見に行くと、4人部屋の奥で、鈴木さんだけが真っ平らに寝ているではないか。見慣れない光景につい不安がよぎり、小走りになってベッドに近づいた私は、「すっ、鈴木さん、大丈夫ですか?具合悪いのですか?」と聞いてしまった。私のあわてた様子を見た鈴木さんは「えっ?寝ていただけですけれど。」と言って、ポカーンとしている。「そ、そうですよね。ははは。」と私は笑ってごまかした。内心、久しぶりに病院で私と同じ真っ平ら派の患者さんを見て少しうれしく、心が和んだ。

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