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斎藤浩輝

ブログについて

どこに不時着陸するのか私自身全くわからないのですが日本含めて世の中に役に立てる人間であれるよう努力していけたらと思っています。どんな環境でも自分次第。アメリカでもいろいろ学んでいきたいです。特技:火起こし

斎藤浩輝

2005年新潟大卒。群星沖縄基幹型病院沖縄協同病院で初期研修修了後2008年から約2年青年海外協力隊員としてウガンダのど田舎県病院でボランティア。派遣終了後ボストンで公衆衛生学修士を取得(国際保健専攻)し、その後内科研修修了。現在はカリフォルニア州で感染症フェローとしてトレーニング中。

人間は誰でもまずは自分の物差しで情報を解釈します。同時にこれだけ情報にあふれた社会、どう情報を取捨選択するかというのがとても難しくなっているように思います。(とは言えこの駄文も…)

 

エボラウィルス感染症の流行が世間で騒がれるようになってからしばらく時間がたってしまいましたが、現在働く感染症科のスタッフ向けにエボラについて話す機会が先日ありました。ウガンダにいた頃、エボラもしくは類似したマールブルグ感染症が発生する土地だったのもありそれらの事を何となく知る機会はありましたが、いざ改めてエボラウィルス感染症自体についてどんなアップデートがあったのか調べようとするとどの情報/論文も総論や一般的な事が中心でまだまだ未解明な事が多いことに今更ながら気付かされます。40年近くも前に発見されたウィルスにも関わらず。地理的に離れているという事実がどれだけ研究の進展に寄与しているのだろうかと考えます。もしこれがもともとアメリカで流行する感染症だったとしたら?

 

今回のエボラの最初の疑い症例が去年12月、今年の2月頃にはアウトブレイクが始まったと言われるなか、ProMEDというメーリングリストで今回のアウトブレイクの事を個人として目にしだしたのが3月頃だったように思います。ただ、メディアで大々的に取り上げられるようになったのは7月頃から、そして8月頭にアトランタに治療目的で患者が搬送されてきたのを機に一気に報道が過熱したように思いました。日本での報道もそれを追うかたちだったのではと想像します。そして、エボラの致死率が高いこと(報告によって数字のばらつきはありますが)、今まで人間に試されたことのない研究段階の薬がアメリカで治療に使われたこともあり、最初の報道の中心は『この恐い病気をどう治すか』というサイエンスとしての医学の部分が多くを占めたようにも感じました。

 

そんな先進国にいる我々からの視点はともかく、現場の人達は一体どんな情報を求めていた、求めているのだろうと想像しようとしますが、私のもともとの想像力の欠如も伴って、手元にある情報を眺めるだけではそれは困難な作業でした。石けんでの手洗い消毒やアルコール手指消毒といった一般的な対策が十分効果的と言われるなか、海外援助の入っていない多くのローカルな医療施設ではそもそもきれいな水が手に入らなかったり、使い捨て手袋を日常診療で使うこともなく、アルコール手指消毒剤入手はもってのほか、といった状況は容易に想像がつきます。ただ、それはあくまで医療従事者という供給者側の想像図。サイエンスとしての医学ではなく公衆衛生という視点で問題を捉えようとした時に根本的な、対象物、つまり現地の住民達の思考/行動/それらの背景に関わる情報があまりに欠けているように思ったのでした。もしくはあったとしても次々と蓄積されていく他の情報に埋もれているのでは。

 

例えば現在のアウトブレイクの一国、ナイジェリアはポリオがいまだに残る3カ国のうちの一つです。政治的、宗教上の問題に加え、2001年の9.11もあいまって、イスラム教の多いナイジェリア北部では欧米不信は深刻でポリオワクチンは不妊、HIV感染、がんを起こす等々の噂が広まり普及が進まないからです。そこでは、1つ1つのポリオワクチンの投与がどれだけ有効かという科学的、論理的な議論は意味をなしません。エボラ感染がもっと深刻な現在の他の西アフリカの国々の“White Medicine”への受容はどの程度のものなのだろうと考えます。

 

また、私がウガンダの田舎の病院で唯一の外国人だった頃、数知れず海外ドナーがやってきた時の印象は、『また大勢の人がやってきたけれど一体今度は何をしにきたのだろう。我々に何をやれと求めてくるのだろう。そしていつまた我々を去って行くのだろう。』というものでした。海外援助を受けている国々の多くの住民も同様に感じているでしょう。HIVのような疾患とは違い経過が急性の疾患を対象にし、隔離病棟を設け、全身防護しての診療等を考えれば、エボラの援助にきた『外国人』の姿はとても異質に映るはずです。

 

とは言え、今の西アフリカの状況は、とても自国だけで対応できるレベルを越えていて、彼らの自立云々と理想論を唱えるのではなく、人も物も含めて海外からの様々な支援抜きに立ち向かえないのも事実です。この緊急事態に彼らにとって異質なこれだけの支援をどう現場に落とし込んでいくか。

 

その意味で、WHOのEbola response roadmapにあるような全ての対応を並行して進める必要があるのは当然ですが、個人的にはそのなかでも“Social Mobilization & Community Engagement”がやはりキーなのではと思っています。テクニカルな難しい話しはさておき、住民との対話が全てのスタートなはずです。現場で支援活動している人は当然そんな事は当たり前の事として行動しているとは思うのですが、その個人の信頼を組織の信頼のレベルまで高めるのは容易ではないですし、組織としての信頼なくしてこれだけ大規模な活動を展開していくのは難しいと思います。

 

そして、その信頼関係をベースに、物事の優先順位をどう付けるのか、現場の人々の考えをどこまで反映させるべきなのか。特に研究中の治療薬やワクチンを考える時には本当に重要な問題です。新しいiPhoneはアフリカからは広がりません。アメリカからです。『イノベーション』や『テクノロジー』といった言葉で多くの人々にとって格好良く魅力的にみえる物は多くは先進国と言われる国々で開発され、そこから世界中に広がっていきます。これが一般的な広がり= Distribution、Diffusionの過程です。しかし、今回のアウトブレイクではこれらの研究も西アフリカの現場で行うことが不可欠だろうと言われています。現在“Pipeline”(=進行中)と表される薬のうちどれだけの研究が1回でパスして実用化につながっていくのか、研究者でもない私には見当もつきませんが、そのリスクにはアウトブレイク終息のための現在進行形の大規模な公衆衛生的活動全体が常に含まれていることになります。将来を見据えて(先進国にも広がる可能性等)、今まで歩みが決して速かったとはいえないエボラのサイエンスの部分を一気に今押し進めるべきなのか。切迫した現場の人々のより現実的な求めはそんな研究の流れにも合致するものなのか。国連が600ミリオンドルとも見積もった今回の対策に必要な予算のうち7月末までにたった26ミリオンしか集まらなかったとするニュースがありました。その後急速に世界中からお金は集まってきているようです。皮肉にもアメリカに患者が搬送された時期=先進国の我々が興味を持ち出した時期が転換期だったように思います。世界中からのお金の集まりが我々の関心に影響されたとするならば、そんなお金の使われ方が我々の関心に影響されないと誰が言えるでしょう。そしてもし我々の関心が偏っているとしたら・・・。

 

アフリカからはもちろんのこと、患者が最初に国内に運ばれたアトランタからも物理的に離れたアメリカ西海岸にいながら個人的に思う事は、そんな現場の人々の声や彼らが求める情報を他の情報に埋もれないようにしながらアメリカ始め先進国にももっと届けるべきなのではという事です。自分達が知りたい事を知ろうとするために内向きにメディアに頼るのも重要ですが、現場の住民の知りたい事を知らせるためにもメディアは活用されるべきです。そして先進国にいる我々もそこに耳を傾ける作業から始めることで、お互いの感覚のずれを認識しそれを埋め合わせ一体感を生むことにつながっていくのかなとも思います。

 

世界は小さく全てがつながっているように感じるのも確か。同時にいまだにとても大きくてつながりを感じにくいのも確か。オンコールもない週末、エボラ関連のニュースをみた後、西アフリカにエボラ支援目的に派遣するとオバマ大統領が数週間前に発表したアメリカ軍が今度はISISに対して行っている空爆のニュースが流れていました。テレビを視界の隅に入れこれらの事象のリンクを考えながら、翻ってみればジムで汗を流しているのが小さな自分自身の現実の姿でした。

 

“You have brains in your head. You have feet in your shoes. You can steer yourself any direction you choose. You’re on your own. And you know what you know. And YOU are the one who’ll decide where to go… ”

—Theodor Seuss Geisel

 

 

追記

アメリカ国内で発症したエボラ感染者が9月末に初めて確認されて以降、またメディアでの注目があがってきました。それとともにエボラウィルスとの接触があったのでは?と不安を覚える患者への対応も急に多くなりました。アメリカ人にとってエボラは対岸の火事でなくなりました。今までの西アフリカでの経験がこれまできちんと国際社会にもシェアされてきたとするならば、それをアメリカではどう活かしていくのか、各ステークホルダーの動きをきっちり追っていきたいです。個人的には、当たり前のことを当たり前に行えるよう徹底するのはもちろんですが、もし何か物事を劇的に変えられるきっかけを得ようとするならば、公衆衛生学的な視点から空港や病院等キーとなる所で現状のPCRよりもいかに迅速な検査ができるようになるかが最優先で取り組まれるべき項目なのではと感じています。今後アメリカは国として一体どんな声をあげ何にフォーカスしていくのでしょう。

最後に、医療スタッフからもいろいろな不安の声をききますが、今まで読んだどんな論文よりも医療従事者としての自分にとって一番身になった西アフリカの現場からの声を紹介します。こんな今だからこそ彼らにも耳を傾けるべきではないでしょうか。

NEJMより: Face to Face with Ebola

 

 

 

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