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反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

(この記事は2014年12月号(vol111)「ロハス・メディカル」 およびロバスト・ヘルスhttp://robust-health.jp/ に掲載されたものです。)

自ら意思決定できない状態に陥った時に、どのような治療を受けたいかを明確にしておく『事前指示書』、日本ではまだあまり普及していません。「日本人の死生観や文化には合わないから仕方ない」という意見もあると思いますが、私は同意しません。

米国で事前指示書が普及した第一の理由は、延命医療の進歩です。経管栄養や人工呼吸器などの発達で、意識がなくなっても”生き長らえる”手段ができました。第二の理由は、患者の権利の向上です。患者は自らの治療方針決定に、より主体的に参加するようになりました

これらの帰結として、”本人や家族の意思に反して”延命治療が施される例が出ます。1970年代に、カレンという名の21歳の女性が植物状態に陥りました。数カ月間人工呼吸器につながれ回復の見込みはなく、両親は人工呼吸の中止を求めます。しかし医師はこれを拒否。裁判となり、最終的には人工呼吸器の中止が認められます。この裁判を機に米国内で同様の事例が続き、患者が終末期の治療方針を決める権利の認知度は徐々に高まっていきます。91年には「患者の自己決定権法」が施行され、治療拒否の権利、事前指示書の有効性が保障されました。この法律は、事前指示書を作成してあるか、作成する意図があるかをすべての入院患者に確認するよう病院に義務づけています。

事前指示書の最大の効用は、恐らく残された家族に対するものです。本人の意思が確認できない状況では、家族は「なんとしてでも生き長らえて欲しい」と考え、本人に訊いた場合より積極的な治療を望む傾向があります。意思決定を代替することは、家族にとって大変な重荷であり、事前指示書の存在はそれを和らげてくれます。

一方で、米国でさえ事前指示書は十分浸透しているとは言えません。最近の調査では、実際に事前指示書を準備しているのは成人の4人に1人で、65歳以上に限っても約半数に過ぎません。「事前指示書が何か知らない」ことが、準備をしていない最多の理由です。また、終末期に関する話をしたことがある人も、約半数に留まっています。

「元気な時から死に際の話をするのは野暮だ」「死ぬ時のことを考えたことがないし、考えたくもない」「家族と話すのは憚られる」という人は米国にも多くいます。この多人種・多文化の環境において死生観は人それぞれです。上記の調査でも、より高度の教育を受け、年収が高いほど事前指示書を準備している確率が高いという結果が出ています。事前指示書を作成するには、終末期のことを考える余裕も必要なのでしょう。

事前指示書は文化や死生観からではなく、より現実的な要請から生まれています。そして、その要請の度合いは日米で大差ありません。したがって、日本でも事前指示書が普及する素地は十分にあるでしょう。事前指示書は、各々が考え、話し合い、答えを出すべき問題です。そして、それだけの時間と労力を使うに値すると私は考えます。

1件のコメント

  1. 久しぶりです。前回は懇切なご回答をいただきありがとうございました。
    C型慢性肝炎のインターフェロンフリーの内服薬治療は、チェックポイント阻害剤の抗癌治療と並んで、薬剤費が極めて高額であり、保険診療上大きな問題となってきています。目覚しい医学の進歩は、治療費の高騰を招き、その社会的応用に関し、希望すれば同一の医療を受けられるという今までの国民皆保険体制を、根底から揺すぶらざるを得ないでしょう。
     さてこの所急に寒くなり、通勤の途中で、葬儀の案内の立看板が目に付くようになりました。日本はすさまじい高齢化に必然的に伴う多死時代に入ってきました。私は極端な医師不足の地域で働いており、訪問診療にも積極的にかかわっております。今後は、延命治療を希望する否かの明白な意思表示だけでなく、入院診療を受けるか受けないかの意思表示、さらには(必要最小限度の)医療を受けるか否かの意思表示に基づく事前指示書も、今までの日本の社会慣習には到底なじみませんが、今後はますます求められる時代になってきていると考えています。
     独居もしくは夫婦とも高齢者の世帯への訪問診療の需要が高まっています。男性の未婚率が高まってきており、50-60歳の息子が老いた両親の世話をしている家庭も多くなりました。地方にいると介護力のない家庭が増えている事を痛感しています。高齢者医療や介護のコンセンサスのないまま(事前指示書もその一つです)、社会的基盤の整備が後手に回っている状況下での、在宅医療の推進には疑問を感じざるを得ません。
     米国の高齢者医療・介護の現況とその将来像に関し、いろいろと教えていただければ幸いです。

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