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反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

2014/01/19

ポパイの腕

(この記事は、2013年7月16日に若手医師と医学生のための情報サイトCadetto.jp http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/cadetto/ に掲載されたものです。Cadetto.jpをご覧になるには会員登録が必要です。)

60歳代の男性の主訴に一瞬目を疑った。「牛に襲われて負傷」。闘牛士か?と思ったが、予想は外れた。メイヨークリニックは、言っては悪いが米国の田舎にある。「ロチェスターには、メイヨーとIBMしかないよね」とよく言われる。認めたくないが、あながちウソではない。その分、生活環境はとてもよい。「全米有数の高い教育水準と安全性で、誰も来たがらないが、一旦来てしまうと誰も去ろうとしない」。とも言われると一応フォローしておく。

農業に従事している人が多く、車で少し走ればトウモロコシ畑が広がる。馬や牛を飼っている人も多い。上記の男性は、家で飼っている牛の面倒を見ていたところ、牛が興奮し、逃げた背後から激突され、空中高く放り上げられてしまったらしい。一瞬気を失うもすぐに気を取り戻し、危うく上から踏まれそうになりながらも逃れたとのこと。聞くだけで恐ろしい話だ。

幸い軽症で済み、救急で頭部CTを取ったが異常なし、骨折もなかった。「幸運でしたね」とお互いに笑い合った。左側面から地面に落ちたらしく、左腕が痛く、力が入りにくい。診察すると、肩や背中に打撲の跡はあるが筋力低下や可動域制限はなく、問題なさそう。しかし、左腕を屈曲させようとすると痛みが強く、上腕二頭筋がぽっこりと出ている。「ポパイの腕(Popeye’s arm)」だ。

ポパイの腕は、上腕二頭筋長頭腱断裂により生じる。上腕二頭筋が短縮し、筋肉塊がより強調されるので、アニメのポパイの腕のような上腕になる。もちろん筋力が増強するわけではない。肘の屈曲抵抗運動で痛みが生じ、筋力低下がみられる。痛みは自然に消失することが多く、保存的な治療が一般的だ。筋力低下も、日常生活に影響を及ぼさない程度に収まることが多い。

この男性は清掃員として働いていたため、痛みが引くまでは仕事を休んでもらうことになった。2週間後に再診すると、既に痛みが引いてきており、仕事に復帰したいとのこと。まだ痛みも筋力低下も残っていたので少し気が引けたが、1日4時間程度、軽いものであれば持ち上げてもよいことにして、仕事を再開してもらった。さらに2週間後には、痛みもなく、筋力もほとんど元通りで、喜んで仕事に復帰していった。念のための再診では、全く問題なく仕事をしているようで、こちらも驚くほどの回復ぶりだった。

「今度牛に襲われたら、逃げずに止めてみせますよ」などと笑いながら話す彼の目は、若干本気だった。

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