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最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田 篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

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2012/11/07

オバマケアどう考える?米国医師の反応は…-米国で医療従事者になってみた(9)

(この記事は2012年9月7日CBニュースhttp://www.cabrain.net/news/に掲載されたものです。)

通称オバマケアと呼ばれるAffordable Care Actが、今年6月に米国最高裁判所で合憲と判断されました。米国の医師は複雑な心境で、それがもたらす影響を注視しています。

■オバマケアとは?

オバマケアは、米国の保険加入人口を増やすために、▽政府が提供するメディケイドの取得要件を緩める▽収入が一定未満の人には保険購入の際に補助金を出す▽保険プランを容易に比較して購入できる政府保証の市場(Health Insurance Exchange)をつくる▽保険プランに終身および年間支払い限度額を設定することを禁止する▽保険会社に契約前発病(Pre-conditioning)を理由にした保険加入拒否を禁じる▽保険に加入できる経済的余裕がありながら加入しない人に懲罰的税金を課す―などを軸として掲げています。

こうした施策により、無保険による受診控えの結果、疾病が悪化してから医療機関を受診するために生じる健康寿命の短縮と、医療費の増加に歯止めを掛けることを狙っています。また、予防医療の費用を無料化する、出来高払いからより包括的な支払い方法に変更することで、人々の健康を増進し、過剰な検査や投薬に伴う医療費の支出を削減しようとしています。

これらがすべて政府の思惑通りにいくかどうかは分かりません。オバマケアは予防医療やプライマリケアを重視し、そちらに重点的に予算を配分する構造になる可能性が高く、特に専門医を中心として、将来的に収入が減るのではないかという強い懸念があります。それがさらなる政治的駆け引きを惹起する可能性は否定できません。また、最高裁で法案自体は合憲と認められ、この法案が取り下げとなる可能性はかなり低くなりましたが、州にメディケイドの取得要件を緩めるよう強制する部分は違憲とみなされました。これにより、法案のもたらす効果はさらに弱められたとも考えられます。

 

■米国医師の反応

司法判断が下される1か月前にJackson Healthcareが実施した2700人の医師を対象にしたアンケートによると、70%の医師が法案のコスト削減効果に否定的です。61%が法案は医療の質向上に寄与しないと考え、また66%は法案が医師の裁量権を縮小すると考えています。一方で、54%が法案により医療アクセスは改善されると答え、31%がより改革的な案、すなわち政府による皆保険制度が必要だと答えています。

このアンケート結果は、医師の間でもさまざまな立場や意見があることを示しています。わたしの周りでは法案に賛成だと答える人が多い印象です。年齢が若いことと、公衆衛生や医療政策に興味のある人が多いことが影響していると思います。法案に賛成する人は、保険未加入者が多い米国の現状は間違っており、オバマケアによってより多くの人が保険を持つことは社会にとって良い影響をもたらすと考えています。

一方で、法案に反対する人には2つの立場があるように思えます。一つは、法案が政治的妥協の結果によって実効力をなくしているという考え方です。最初は国民皆保険の制定を目指したオバマケアですが、さまざまな反対や政治的交渉によって、それを断念せざるを得ませんでした。その結果、法律が完全に施行されたとしても、不法移民や特定の州に住む人など約3000万人は無保険のままでいると推計されています。皆保険の必要性を強く信じる人にとっては、これは満足のいく結果ではありません。

もう一つは、法案の方向性自体に否定的な立場です。否定的な理由はさまざまありますが、法案を医療への制限ととらえ、個人の自由を侵害しているとする意見や、法案により医師の裁量権が失われたり、収入が減ったりするという懸念も示されています。

 

■日本への影響は?

米国人の生活に大きな影響を及ぼすであろうオバマケア。日本には何か影響をもたらすでしょうか。さまざまな問題があるにせよ、日本の皆保険制度はいまだに強固です。皆保険がない米国での医療保険システムは、日本にはそのまま応用することはできません。しかしながら、他先進諸国に比べ低い財政支出で抑えられている日本の医療保険システムでさえ、加速化する高齢化社会においては、持続可能であるとは必ずしも言えません。

日本が取り得る一つの施策として、2段階の保険システムがあると思います。すなわち、基礎部分は公的保険でカバーし、最先端医療や非常に高額な医療は私的保険でカバーするという考えです。今ある公的保険の適用範囲を縮小することにつながるので、反対意見も多いアイデアですが、今後の医療費の増大を考えると、必要な施策になってしまうかもしれません。すなわち、現在のところ日本で私的保険の果たす役割は非常に小さいですが、それが徐々に大きくなる可能性はあります。オバマケアは、役割の非常に大きい私的保険を、政府がどのようにコントロールできるかという観点から行われているのだと見れば、日本にも関連性が出てくるかもしれません。

また、予防医療サービスを原則無料化することで、総体的に見て健康寿命の延長や医療費削減が期待できるのかどうかも面白い観点だと思います。日本では、決められた健診や予防接種を除き、原則的には予防医療は自己負担です。補助の効く範囲が地域によって異なることにも原因があるのかもしれませんが、予防医療サービスの内容はエビデンスに基づいていないこともしばしばです。米国での予防医療の拡充が、日本での研究や施策に影響を与えることは十分に考えられます。

社会的に脆弱な立場にいる人たちに重点を置いたオバマケア。さまざまな欠点があるにせよ、わたしは賛成の立場です。多くの条項が施行される2014年1月、米国社会にどのような変化が訪れるのか、今から楽しみです。

8件のコメント

  1. 鮫島 庸一 より:

    反田先生

    大変時宜を得た、医療現場からのレポートありがとうございます。

    予防医療にどのようなインセンティブを与えるか?
    これが今後の重要な課題だと思います。先生たちのフィールドをベースにした、膨大な調査・分析などの研究に待つ所が大きいです。

    さて1週間前にCNNに投稿しましたので、お時間があればご覧ください。

    http://ireport.cnn.com/docs/DOC-872835
    Obama Care Gets Timely Boost by Japanese Green Tea Research

    ご意見をお聞かせください。

  2. 仲本光一 より:

    オバマケア。たいへん気になっていましたので、日本語でわかりやすく解説いただき、たいへん感謝しています。米国も”平等より選択”の方向性が、”選択より平等”へと少しはシフトしてきているのでしょうか? いずれにしても、皆保険につながるのであれば良いかと思っています。

    • 反田 篤志 より:

      鮫島様、仲本様

      コメントありがとうございます。オバマ大統領が再選されたことにより、よりAffordable Care Actが実現性を帯び、医療現場に影響を与え始めています。また近いうちにもう少し分析を加えた記事を書ければと思っています。今後ともよろしくお願いします。

  3. 真木晋太郎 より:

    反田先生

    当方学生で、授業でオバマケアについて調べております。
    大変わかりやすい、記事で大変参考になりました。ありがとうございます。
    一つお聞きしたいのですが、治療費自体は変わらないのでしょうか。
    政府による病気怪我に対して一つ一つ価格統制がなされ、莫大な費用が掛かるということはなくなるのでしょうか。

    ご返信よろしくお願いします。

    • 反田 篤志 より:

      真木さん

      コメントありがとうございます。治療費自体が変わらないかどうか、とても鋭い質問ですね。僕は、恐らく変わると思います。しかし、どの方向にどの程度変わるかはちょっと分かりません。
      「政府による病気怪我に対して一つ一つ価格統制」ですが、恐らくこのような状況にはならないと思います。治療費を抑制するために様々な手法が取られるとは思いますが、その方法はもう少し緩やかで複雑な方法になりそうです。Value-based purchasingと呼ばれる、時間軸を含めたトータルケアに対して、患者アウトカムを加味して支払いを計算する手法が導入される予定です。この方式でコストが本当に抑えられ、ケアの質が高まるかまだ不透明ですが、支払いの評価軸を大きく変える(ずらす)ことにより、トータルでのコスト削減(抑制)効果を狙う方向性にあるのではないかと僕は考えます。

      すなわち「今までは盲腸手術一件100万円払っていたけど、今日からは一件70万円にします」という直接的な手法だと大きな反発が予想され、HMOの苦い経験もあり恐らく上手くいかないと見ているのではないでしょうか。一方で、「盲腸手術と入院前の準備外来、退院後の外来フォローも含めて一年間で150万円払います。合併症なければさらに20万円払います」と言われるが、医者にとっては今までと比べて減ったのか増えたのかも分かりにくいですよね。うまくいけば20万円のボーナスもつきますし、理にかなっているように見えます。

      Value-based purchasingに関してはまだあまり明るいデータは出ていないようですが、今後注目すべき点だと思います。またそのあたりに関しても、今後のブログでもう少し詳しく触れてみたいと思います。

  4. あんじぇりーの より:

    2013年10月、オバマケアの実際の始動、という感じなのですが…ものすごく保険が値上がりし、カバレージも悪くなっていますね。
    前まで2500だったデダクテイブルが5000のものに変更しますという通知が来ました。もちろんオフィスビジットも$35だったのが、’これからは何%、とか…
    民間の保険会社は利益を追求するのですから、そりゃあ値上げしますよね…’

    結局オバマケアって貧困層から中流の人を苦しめるだけ、という印象です。
    払えないわけではないけど、このカバレージ内容でこんなに払わなくてはいけないの?

    国民皆保険制度っていうのは結局「これから保険は義務だから夜・露・死・苦!!」って言ってほったらかしにしてるだけという印象を受けます。

    こんな内容だったら別になければないでよかったのでは。と思ってしまいますね

    先ほどほかのブログではオバマケアは増税をしてるだけ、と書いてあったのですが
    やはり、そういうことなのかと。

    ただ、アメリカの予防医療に力を入れるというのは正しい観点ですよね。
    元気な時に病院に行くというのはなかなか大変ですが…
    医療費が高いから、普段から健康な生活をしよう!と心がけられるのも
    デメリットの中のメリットと申しましょうか…

    面白い記事をありがとうございました。

    • 反田 篤志 より:

      コメントありがとうございます。保険の内容が変更されてしまったようで残念ですね、心中ご察しします。

      オバマケアに対する僕の意見はあんじぇりーのさんとは少し違います。僕は無保険者を対象にしたクリニックで週に一回働いていますが、アメリカにいる16%の人たちは無保険です。大半の無保険者は、市民権もしくは永住権を持ち、フルタイムで働いている若年者及び40代もしくは50代です。彼らは本当に必要な医療を受けられていません。この前50歳の心不全の疑いの強い女性を診察しましたが、胸部レントゲンを取るにも隣の病院へ送ると200ドル以上します。心臓エコーなど高くてとてもではありませんが、受けることはできません。無保険の方は保険会社が間に立って価格交渉をしてくれないため、病院からの請求は言い値です(もちろん、低所得者を対象に値引きをしてくれる病院や、チャリティーケアを提供してくれる病院はあります)。例えば、保険を持っている方なら胸部レントゲンは100ドルに値引きされ、そのうち2割の20ドルを個人が払うという感じですが、無保険なら200ドルを全て払う必要がある、という形です。

      オバマケアにより導入されたInsurance Exchangeですが、ミネソタだとこちらのMNsureのホームページに情報があります。このシステムを通せば、(これまでと比べれば)かなり安い値段で保険を購入できます。例えばSt. Paulに住んでいる45歳の男性が4人家族の保険を手に入れようとすると、月500-600ドルほどである程度の質の保険を買うことができます。これは高いようにも思えますが、今まで個人で保険を買おうとしたときに比べると、格段に安くなっています。オバマケアが導入される前に個人で保険を買おうとすると、どれくらいの値段がしたかはこちらのブログをご参照ください。どんなに安くても1000ドルは下りません。さらに、4人家族であれば年収が$94,200以下であれば、保険料に対して政府から補助が出ます。年収に応じて、上の500-600ドルが値引きされるわけです。これは収入が少ない家族にとって、保険を得る上で非常に大きな助けになります。

      オバマケアの導入により、無保険者の割合は7-8%に下がると言われています。非合法移民にはこのシステムが適応されないのと、一部の州ではMedicaidの対象者が増えないため、その他の先進国と比べると未だ高い無保険者が残ります。経済的な観点から言えば、無保険者を社会の中に抱えているのは、社会的コストを結果的に上昇させます。無保険者は外来に来られないため悪くなってから救急室に来ますが、救急室は法律により患者を断ることはできません。患者は当然そのコストを支払うことはできないので、それは回りまわって保険を持っている人の医療費、そして保険料に跳ね返ります。したがって、無保険者の医療費は結局、社会の全構成員が税金や保険料という形で支払っているわけです。目には見えないため分かりづらいのですが、それがアメリカの医療費が他の先進国に比べて異常に高い原因の一つだと考えられます。したがって、無保険者を減らすことは、結果的に全体の医療費を、引いては保険料及び税金を減らす可能性が十分にあります。

      個人破産の最も多い理由は医療費によるものですが、これは社会の形として望ましいでしょうか?急病で入院した結果、数百万円もの請求書が届く現実を目の当たりにすると、私は社会システムとして何かがおかしいと思ってしまいます。

      とはいえ、予防医療に力を入れるという方策には私も賛成です(予防医学を学んでいるものとして当然ですが)。アメリカの肥満率は大変な高さですから、ぜひともより健康な生活を送る社会になってほしいと思っています(とりあえず食事と一緒にコーラを飲む習慣をやめるべきではないかと…)。

  5. まる より:

    反田 篤志 様

    大変わかりやすいオバマケアのご説明、興味深く読ませていただきました。社会科教員なのですが、刻一刻変わる世界情勢の理解にあたふたしております。対象が子供であるからこそ深く知らないと適切な回答ができないため、日々学んでおります。
    現場にいらっしゃるからこそのお話が間にあるので、とても臨場感をもって理解することができました。オバマケアについては、反対意見が多く取り沙汰されているので、賛成のご意見とその理由を伺うことができて良かったです。

    これからもどうぞわかりやすい現場からの声をご紹介いただければと思います。

    まる

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