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反田篤志

ブログについて

最適な医療とは何でしょうか?命が最も長らえる医療?コストがかからない医療?誰でも心おきなくかかれる医療?答えはよく分かりません。私の日米での体験や知識から、皆さんがそれを考えるためのちょっとした材料を提供できればと思います。ちなみにブログ内の意見は私個人のものであり、所属する団体や病院の意見を代表するものではありません。

反田篤志

2007年東京大学医学部卒業。沖縄県立中部病院で初期研修後、ニューヨークで内科研修、メイヨークリニックで予防医学フェローを修める。米国内科専門医、米国予防医学専門医、公衆衛生学修士。医療の質向上を専門とする。在米日本人の健康増進に寄与することを目的に、米国医療情報プラットフォーム『あめいろぐ』を共同設立。

ハリケーンサンディー通過からほぼ丸5日を経て、Lower Manhattanに明りが戻ったようです。とりあえず本当によかったです。59th Street以南で唯一機能していた病院、Beth Israel Medical Centerで働いていた友人、元同僚たちを心から誇りに思います。大変な状況の中で頑張られた方々、お疲れ様です。まだまだ大変な状況が続くと思いますが、くれぐれも無理をせずに仕事をされてください。

今回のハリケーンで、残念ながらニューヨークの自然災害に対する脆さが浮き彫りになりました。これは地震や台風などの災害が滅多に起こらない地域ではある程度致し方ないという側面もあるかもしれませんが、世界に冠たるニューヨークがハリケーンでこれほどの混乱に陥るとは、少し残念に思う気持ちもあります。海抜が低いため、地理的に水害に弱いことは長く周知の事実でした。それではなぜ、これほどの被害を受けるに至ったのでしょうか。

今年の5月にニューヨーク市の精神保健衛生局(Department of Health and Mental Hygiene)の災害対策室(Office of Emergency Preparedness and Response)で一カ月実習をしました。昨年のハリケーンアイリーンを経験し、ニューヨーク市の災害対策に興味を持ったのが理由です。昨年のアイリーンでは、ニューヨーク大学病院を含め、海抜の低い地域にある病院や老人ホームから、患者さんを予防的に転院させる措置が取られました。その時の指揮系統や意思決定プロセス、ロジスティックス、事後のフィードバックなどに興味がありました。

一カ月の実習は極めて示唆的でした。緊急災害時の指揮系統システムやその改善すべき点など、様々な視点から災害対策を学ぶことができました。特に市と病院との連携の方法、システム運用上の問題点など、実際の災害を通じて浮き彫りになった課題を実地で学ぶことができたのは大きな収穫でした。災害対策室は、それらの課題に対してアクションプランを立て、次の災害に向けてより的確に対応できるように準備をしていました。その時の上司が「次にまたハリケーンがいつくるかも分からないけれどね。もしかしたらまた今年来るかもしれないよ。」と冗談半分で言っていたのが思い出されます。

今回のハリケーンでは、大規模な停電が長期化していることに加え、緊急電源で機能するはずの病院が次々と閉鎖に追い込まれたことも、私にとっては驚きでした。通常電源を喪失した後のジェネレーターによる緊急電源の確保・運用・維持、そのための燃料確保の方策などは、病院の緊急対策計画の中でも最も重要な位置づけにあります。患者さんの命が多くの電気機器に依存しているのですから、当然です。そして当然のことながら、マンハッタンで名高いニューヨーク大学病院、ベルビュー病院などにそのような対策準備があったことは確かです。しかしそれが機能しなかったのは残念でなりません。マンハッタンがあそこまで冠水するとは「想定外」の事態だった、というわけでしょうか。

そういった意味では、計画通りに緊急対策を実行できたベスイスラエル・メディカルセンターのパフォーマンスは称賛に値するでしょう。上記二つの病院よりやや海抜が高く、河岸から離れていたのは事実ですが、他の病院が機能停止に追い込まれた後も、南マンハッタン地域を守る最後の砦として、いつもの倍にも膨れ上がった患者さんの診療を手掛けたその実力と対応力は素晴らしいと思います。

例えばメイヨークリニックでは自前の発電所を三つ持ちます。病院など重要な機能拠点には二重の送電網が敷かれ、そのうち一つが機能不全に陥っても支障なく電気を送れるようになっています。メイヨークリニックの外部からの電源が断たれても、自前の発電所で主要な電源は確保できるようになっており、さらには緊急用ジェネレーターが何基もあり、必要な際にはそれらを稼働させます。緊急時のプロトコールは常に最新の状態に保たれており、スタッフは定期的にトレーニングを積んでいます。もちろん、これらの準備が実際の災害時に予定通り実行できるかどうかは別問題です。またニューヨーク大学病院やベルビュー病院がこれに劣る準備をしていたとは言えません。

今回の災害で、ニューヨークがテロだけでなく、大規模な自然災害の標的にもなりうること、それが極めて稀とは言えない確率で起こることが証明されてしまいました。もちろん市を挙げて、今後より災害対策に重点が置かれた戦略が取られることでしょう。自然災害時において、病院機能の維持は住民の命と健康を確保するために極めて重要です。この災害の反省を生かし、次にくる災害にきちんと対応できるように、それぞれの病院が災害対策機能を見直すことが必要です。それは抜本的な機能デザインの見直しを含むかもしれませんし、より実際の状況に近い訓練を繰り返す必要があるかもしれません。

いつくるか分からない災害に向けて準備をすることは、普段はコストがかかり、効果も目に見えず、いつの間にか軽視されがちです。市などの予算にしても、真っ先にカットされやすい分野だと言えるかもしれません。しかしながら、普段の準備がこれほど重要な分野は他にはありません。今回の災害を通じて、ニューヨークがより強く生まれ変わることを、かつてのニューヨーカーは心から願っています。

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