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ブログについて

Born in Japanだが医者としてはMade in USA。日本とは異なるコンセプトで組み立てられた研修システムで医師となる。そんな中で、自分を成長させてくれた出会いについて一つ一つ綴っていく。

浅井 章博

岐阜県産 味付けは名古屋。2003年名古屋大学医学部卒。卒業後すぐにボストンで基礎研究。NYベスイスラエル病院にて一般小児科の研修を始め、その後NYのコロンビア大学小児科に移り2010年小児科レジデント修了。シカゴのノースウェスタン大の小児消化器・肝臓移植科にて専門医修了。現在はシンシナティー小児病院で小児肝臓病をテーマにPhysician-Scientistとして臨床と研究を両立している。

浅井 章博のブログ
2012/06/09

130年の歴史

今日は、病院の引越しです。 そうです、病院がまるごと引っ越すのです。Free Standing Children’s Hospitalとして、130年の歴史を持つシカゴのChildren’s Memorial Hospitalが今日を持って、その土地を離れます。
私が勤務を初めて2年しか経っていませんが、やはり愛着はわくものですね。昨日は最後の勤務日でしたが、いつもよりしみじみとした気持ちで建物を見ていました。 20年も30年も勤務しているベテランたちには、それぞれ胸にこみ上げる思いがあるようで、金曜日にもかかわらず、多くのアテンディング達が病院にこのっていました。
そんななか、病院の従業員中に広まった記事があります。
http://pullupachair.org/2012/06/07/the-courage-to-come-back-one-last-time/

記事は先日行われた、”追悼式典”の様子を綴っています。

患者さんにとっては、病院はつらい思い出の場所。特に、そこで子供を失った家族にとっては。
しかし、この病院がなくなることは、その人達にとってもっと大きな意味を持つのだということを語ってくれる記事です。子供がなくなる時、多くが、長い長い闘病生活を経ます。それは、長い入院生活を意味します。付き添って泊まりこむ家族にとっては、この病院の廊下、エレベーター、食堂、駐車場、病室から見える家々の窓、遠く見えるシカゴのビル群、その全ては記憶に克明に刻み込まれるのです。 それらが、この地上から消える。 しかし、子供のぬくもり、泣き声、そして笑い声は記憶から消えない。

あらためて、病院というものが持つ象徴性を感じるひとときでした。 人間の、生と死が色濃く交錯する場所。 そして、そこで働くということの意義をあらためて感じました。

新しい病院は、シカゴの中心部、23階建てのハイテクビル。 アメリカでは唯一とも言う、都市中心地への病院移転。これからの小児病院のあり方を問う新しい試みです。

そして歴史は続いていく。

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